産業カウンセラーに知っておいてほしい依存症 連載②

2025年3月14日

カウンセリングの場において、依存症の疑いがあるクライアントに出会われたことはありますか。産業カウンセラーとして、具体的にどう対応していけばよいでしょうか。
医療記者として、さまざまなメディアに記事を発信されてきた岩永直子さんに、2回にわたりご執筆をいただきます。
産業カウンセラーに知っておいてほしい依存症(連載①)も合わせてお読みください。

 

時代とともに依存症やそれを取り巻く環境も変わる。後編の今回は、依存症をめぐる最近の動向についてお伝えしたい。

コロナ禍で増えたさまざまな依存症

新型コロナウイルスの影響で、さまざまな依存症が増えたと言われていることはご存じだろうか?

緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の影響で、外に飲みにいく機会は減ったものの、コロナ禍でのストレスや不安により自宅での飲酒量が増えたという声がよく聞かれた。産業カウンセラーの皆さんも、アルコールで体調を崩した人に関わったことがあるのではないだろうか? 実際にコロナ禍でアルコール依存症が増加したというデータは国内外から出ており、自治体や関連学会などからも盛んに注意喚起されていた。

コロナ禍以降、リモートワークを導入する企業が増え、これまでと違う働き方になったことも新たなストレスをもたらした。職場での人間関係や通勤も確かにストレスではあるが、会社での雑談や自宅とは違う居場所があること、仕事帰りの同僚との一杯などは、ストレス解消の手段でもある。それに家族と一日中顔を合わせ続けるストレスもある。特に妻や子供の立場の人が「夫、父親が一日中家にいるストレス」を強く感じていたようで、アルコールやギャンブル、薬物などに逃げ場を求めたという声も取材でよく聞いた。

 

オンラインで24時間365日ギャンブルができるように

また、コロナ禍では、外出もままならなくなったことから、スマホで自宅に居ながらできるギャンブルの利用が増加した。ギャンブル依存症問題を考える会の調査では2021年になると、スマホのアプリで賭けられる公営競技の競艇や競輪、競馬、スポーツ賭博、オンラインカジノにハマる人が例年の約2倍に急増したことが示されている。2023年には、21年のさらに2倍になり、増加スピードは止まらない

同会代表の田中紀子さんは「コロナ禍の巣ごもり需要により、どこでも投票できるオンラインギャンブルの利用が増えた。『ナイターもあって24時間遊べる』と宣伝する業者もおり、依存症になれと言っているようなもの。どこにいても手軽にさまざまな種類のギャンブルに手を出すことができ、一日中ギャンブル漬け。学校や仕事でも本業が上の空になる」と話す。
このオンラインギャンブルの流行は今も続き、日々新たな依存症者を生み出している

犯罪につながる問題も

気をつけなければいけないのは、その中でもオンラインカジノは日本では違法だということだ。著名なサッカー選手や人気YouTuberなどが広告塔になっていることもあり、若い人が違法とは知らずに気軽に足を踏み入れてしまう。
オンラインカジノはスピード感も速く24時間365日賭けられる。あっという間に負けが膨らみ、依存症レベルまで達するのも早い。莫大な借金を抱えて、横領や窃盗などの犯罪に手を染めたり、闇金での借金などから裏社会につながって、オレオレ詐欺や強盗致傷、強盗殺人などの凶悪犯罪に巻き込まれたりする若者も増えている。

もし、産業カウンセラーの皆さんがギャンブル依存で追い詰められた人に関わることになったら、心理的なカウンセリングだけでなく、債務整理など「金の問題」を現実的に解決する窓口に速やかにつなげることも必要になる。犯罪につながる前に相談してもらうことが重要だが、当事者は通報されたり会社で不利な立場に立たされたりする可能性があったら、なかなか相談はできないだろう。傷が浅いうちに安心して相談できる第三者窓口(例えば前出のギャンブル依存症問題を考える会)を紹介できるようにしておく準備も必要だ。

こうしたギャンブル依存による問題の予防に取り組んでいる企業もある。全国に30 万人以上の社員を抱える日本郵便は、社員に対するギャンブル依存症の啓発に先駆的に乗り出している。特に熱心に取り組む九州支社では、幹部局長に研修を受けさせ、相談窓口を書いたポスターを各地の郵便局に貼る。今では全国の郵便局にもこの動きは広がっている。

市販薬のオーバードーズが流行

このほか、最近の薬物依存症では、違法薬物ではなく市販薬のオーバードーズへの依存が若い人の間で急増していることも抑えておきたい。風邪薬や咳止めを何十錠も一気に飲み、頭をぼやかしたり、ハイになったりする。
これまでの薬物依存とは違い、学歴が高く、社会適応能力が高い若者も使っていることが多いのが特徴で、なかなか気づかれにくい。筆者も30代の一流大学出身の医療者トップクラス大学出身で一流企業に勤めている20代を取材したことがある。うつなどの気分障害や発達障害、逆境体験のトラウマなどによる生きづらさを和らげる手段として使っているケースもある。

前編でも伝えたが、こうした依存行動で仕事などにも支障が出た時、その行為を頭ごなしに責め、やめさせようとするだけでは何の解決にもならない。なぜ薬に頼らざるを得ないのか、背景にある問題に丁寧に耳を傾け、医療機関や回復支援団体につなぐことも必要になる。産業カウンセラーの腕の見せどころだ。

以上のように依存症も時代と共に様相が変わり、新たな対応が必要になることもある。私が編集長を務める依存症専門のオンラインメディア「Addiction Report」の発信もぜひ参考にしてほしい。

 

岩永 直子(いわなが・なおこ)

東京大学文学部卒業後、1998年4月読売新聞社入社。社会部で事件担当や厚労省担当、医療部記者を経て2015年に読売新聞の医療サイト「yomiDr.ヨミドクター」編集長。2017年5月、BuzzFeed Japan入社、BuzzFeed JapanMedicalを創設し、医療記事を執筆。
2023年7月よりフリーになり、「医療記者、岩永直子のニュースレター」など複数の媒体で医療記事を配信している。2024年1月、国内初の依存症専門のオンラインメディア「Addiction Report」を創設し、編集長に就任した。
イタリアンレストランでもアルバイト中。2024年日本ソムリエ協会ワインエキスパート取得。
著書に『言葉はいのちを救えるか? 生と死、ケアの現場から』(晶文社)、『今日もレストランの灯りに』(イースト・プレス)。

 

 

 

TOPへ戻る