| 今、注目を集めている「腸活」。最新の研究を踏まえた知見は、働く人の心身の健康づくりや、職場環境の改善にも生かすことができます。本連載では、医学研究に携わる太田章夫さんに、3回にわたり腸活の基礎から実践までをわかりやすく解説いただきます。 『カウンセラーに知ってほしい腸活最前線 連載①腸活とは何か ― ネズミが教えてくれた「心」と「体」の秘密』、『カウンセラーに知ってほしい腸活最前線 連載②職場で活かす腸活―「まごわやさしいよ」で整う心と体』も合わせてお読みください。 |
「音楽が人の心を癒やす」という言葉を、私たちはよく耳にします。近年の研究ではその効果が単なる感覚的なものではなく、科学的にも裏づけられた生理的変化であることが明らかになっています。音楽は脳波や自律神経を介して、腸や免疫、ストレス反応にまで影響を与える——そのメカニズムが徐々に解明されつつあります。なお、本コラムでは、音楽(音)のサンプルを再生できるようにしていますので、ご興味のある方は該当箇所をクリックやタップしてご試聴ください。
私たちの腸と脳は、迷走神経などを介して双方向に情報をやり取りしています。
この関係は「腸脳相関(gut–brain axis)」と呼ばれ、ストレスや自律神経の状態が、腸の働きや心理状態の双方に影響を及ぼすことが知られています。
なお、脳から腸への影響を強調する文脈では「脳腸相関」と表現されることもありますが、学術的には同一の概念を指します。
近年、音楽が自律神経活動を介して消化管機能に影響を与える可能性が報告されています。例えば、Kullmannらは、音楽を「快適」と感じた被験者群において、胃の筋電活動が有意に高まり、消化管運動が活性化したことを示しました。また、リラクゼーション音楽と筋弛緩法を併用した特定集団における介入研究では、便秘を含む消化器系の不快症状が軽減したとの報告があります。
さらに神経科学分野では、特定の周期的な音刺激が脳活動の同調性に影響を与える可能性も検討されています。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)を中心とした研究では、40Hz前後の刺激が脳内の神経活動を同調させ、神経・血管系を含む脳内環境の恒常性(homeostasis)に関与する可能性が報告されています(Martorell et al., Neuron, 2019)。
これらの知見は、音刺激や音楽が自律神経を介して腸の働きや心身の状態に影響を与える可能性を示唆するものと考えられます。
【音楽は、なぜ心身に影響するのか】
音楽が人に与える影響は、単なる「気分転換」にとどまりません。脳は音を知覚する際、一次聴覚野だけでなく、報酬系(快・不快や動機づけに関与する神経回路)、情動に関わる辺縁系、さらには記憶に関与する神経ネットワークを同時に活動させることが知られています。
このため、音楽は、「聞こえる刺激」であると同時に、感情・動機・身体反応をまとめて動かす複合的な刺激として作用します。
特に、旋律や歌詞、構造がはっきりした音楽では、過去の体験と結びついた記憶(いわゆる自伝的記憶:autobiographical memory)が想起されることがあります。これは感動や癒やしにつながることもありますが、相談の場においては、意図せず感情反応を強く喚起してしまう可能性も併せ持ちます。
さらに、音楽には、「次に何が起こるか」を脳に予測させる性質があります。テンポの変化、盛り上がり、サビの到来などを無意識に予測する過程では、脳内で注意(attention)や期待に関わる神経活動が持続します。これは音楽の楽しさの源である一方で、脳を常に“先読み状態”に置くという側面もあります。
このように、音楽は種類や構造によって、
• 脳を活性化させる方向にも
• 逆に、過度な刺激となる方向にも
働き得ることを理解しておくことが重要です。
だからこそ、カウンセリングやセルフケアの文脈では、「どんな音楽でもよい」のではなく、脳と身体に過剰な予測や感情喚起を生じさせにくい音環境を選ぶという視点が意味を持ってきます。
【心身を一体として整える「ヒーリング音楽」という発想】
私が監修を担当した「ガンマ波ヒーリング~認知症セルフケアのための音楽」 (※1)は、前述した神経科学分野の基礎研究に着想を得て制作されたヒーリング音楽です。
なお、本稿では、ヒーリング音楽の設計思想を具体的に説明するため、制作背景を正確に把握している私自身の監修作品を例として取り上げています。特定の作品の推奨や購入を目的とするものではなく、あくまで学術的な理解を補助するための一例としてご理解ください。
近年、40Hz前後の周期的刺激が、注意・記憶・感情調整などに関与する脳内ネットワークの同期性と関連する可能性が報告されています。なお、神経科学分野の研究では、アルツハイマー病を含む認知機能障害の病態において、ガンマ波活動の乱れが観察されることが報告されており、脳内リズムの変調が神経ネットワーク機能と関係する可能性が指摘されています。これらは基礎研究・観察研究に基づく知見であり、特定の介入や音刺激の有効性を示すものではありません(ご興味のある方は、囲み記事<(太田先生のこぼれ話⑤)【最前線:40 Hzガンマ波刺激と脳腸軸への非侵襲的アプローチ】>をご参照ください)。
本作品は、こうした研究動向を踏まえつつも、特定の医学的効果を保証・標榜するものではなく、日常生活の中で無理なく聴取できる音楽体験として構成されています。
ここで言う「ヒーリング音楽」とは、旋律やリズムを強く主張する音楽ではなく、テンポ・音量・音域・音の変化を抑え、聴く人の生理的リズムに過度な刺激を与えないように設計された音楽を指します(ご興味のある方は、囲み記事<(太田先生のこぼれ話⑥)【なぜ「ヒーリング音楽・自然音」はカウンセリングに向いているのか】>をご参照ください)。
ヒーリング音楽・自然音の聴取は、主観的なリラックス感だけでなく、呼吸や心拍の安定、交感神経と副交感神経のバランスといった自律神経活動に関与する可能性が示唆されています。その結果として、消化管運動や腸内環境を取り巻く生理的条件が整いやすくなることも、間接的に期待されると考えられます。
「音楽を聴くと落ち着く」「眠りに入りやすい」「不安感が和らぐ」といった体験の背後には、ストレス関連ホルモン分泌、自律神経活動、腸脳相関(gut–brain axis)など、複合的な生理学的プロセスが関与していると考えられています。
本作品は、治療や症状の改善を目的とするものではなく、心身を一体として整えるための、穏やかな生活習慣の一部として音楽を取り入れるという考え方に基づいて制作されています。音楽療法的視点からも、腸活と同様に「がんばりすぎず、日常に自然に組み込めるセルフケア」として位置づけることができるでしょう。
【産業カウンセリングにおける活用】
職場では、過労や対人ストレスによって交感神経が優位となり、腸内環境が乱れやすくなります。産業カウンセリングの現場で音楽を取り入れることは、短時間でリラックス反応を引き出す具体的手段となります。
例えば、
• 面談前に静かなヒーリング音楽・ピアノ曲や自然音を流し、呼吸を整える時間をつくる
• 休憩スペースに小鳥の声(※2)やせせらぎ音(※3)を導入し、五感から副交感神経を刺激する
• グループワークやメンタルヘルス研修の冒頭で短い音楽瞑想を行う
といった方法が挙げられます。音楽を背景として「安心感」「つながり」「落ち着き」を提供する時間は、カウンセラーにとって有効な心理的環境づくりの一助となります。
【「音の質」がもたらす違い】
音楽療法の研究では、「どのような音を聴くか」が極めて重要であることが知られています。音質のゆらぎ、倍音成分、周波数帯域などが聴覚・自律神経・腸管運動に影響を与えるからです。そのため、心理的効果や生理的反応に配慮して設計された、質の高いヒーリング音楽や自然音を用いることが勧められます。
特に、自然音(波の音(※4)、森の音(※5)など)が提示された際、被験者の脳波にアルファ帯の優位化が認められたという報告があります(例:Grassini et al., 2022)。こうした知見から、自然音は心拍や呼吸のリズムを整え、リラックス反応を促す可能性があるため、職場環境やカウンセリングルームでの利用が検討されています。高品質な音源を選ぶことで、聴取者が「安心して心をゆるめられる」空間を演出しやすくなります。
どのような音源を選べばよいのか、迷われる方も多いと思います。一つの目安としては、信頼できるレーベル(音楽会社)が制作し、医学に精通した専門家・研究者が監修している製品を選ぶと安心でしょう。最近では、多くの企業が公式サイトなどで音源を試聴できるようにしていますので、最終的にはご自身の耳で聴いて心地よいと感じるものを選ぶことは一案です。
【心と腸をつなぐ“音のカウンセリング”】
音楽療法は、専門家だけが扱うものではありません。日常のカウンセリングやセルフケアの中に、静かな「音の時間」を取り入れることから始められます。腸活と同じく、音楽は聴くことで体の内側から変化を促す“生活習慣療法”です。
クライエントが「安心できる音」「落ち着くリズム」を見つけ、それを日常に取り入れることは、自己理解とセルフケアの促進につながります。腸と心、音と人をつなぐカウンセリング——それが、これからの時代の“サウンド・ウェルネス(音の健康法)”の形なのです。
【音楽を全身で聴く意味とは】
近年の研究では、音楽の効果は「耳から聴く音」だけに限られないことがわかってきています。音楽は空気の振動として全身に伝わり、皮膚や筋肉、内臓に分布する体性感覚受容器や深部感覚を介して、自律神経系に影響を及ぼすと考えられています。
特に、低周波成分を含む音刺激は、身体で「感じる」感覚を伴いやすく、呼吸のリズムや心拍変動(HRV)を通じて、副交感神経の活動を高める可能性が示されています。
このような全身的な音刺激は、腸管運動や消化機能とも関連する自律神経の調整に寄与する点で、腸活との親和性が高いと考えられます。
つまり、音楽は「聴くもの」であると同時に、「全身で受け取る環境刺激」でもあります。カウンセリングの現場においても、音楽を“耳のケア”にとどめず、“身体全体を整える支援”として捉える視点が、今後ますます重要になるでしょう。
【さいごに:人は「細菌と共に生きる存在」である】
私たちの体には、腸内細菌や皮膚常在菌など、膨大な数の微生物が共存しています。近年の推計では、人の体細胞数は約3.0×10¹³個(約30兆個)、一方、腸内細菌と皮膚常在菌など体内外の細菌数は約3.8×10¹³個(約38兆個)とされ、両者はほぼ同数、あるいは細菌の方がやや多いと報告されています(Sender et al., PLoS Biology, 2016)。
このことは、人間の体が「細胞だけでは完結しない、微生物と共に成り立つ“生態系”」、いわば「共同体」であることを示しています。
さらに近年、腸内細菌が産生する代謝産物(短鎖脂肪酸など)や、神経伝達物質様の物質を介して、食欲、嗜好、さらには行動選択に影響を与える可能性が示唆されています。なお、ここでいう「神経伝達物質様の物質」とは、腸内細菌や腸内環境により増減し得る、神経伝達物質やその前駆体・類縁物質(例:GABA、セロトニン関連、カテコールアミン関連など)を指します。脳内での神経伝達と同一ではありません。
動物実験では、腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)の構成の違いによって、エネルギーの取り込み効率や高脂肪食を好む傾向が変化することが報告されており(Turnbaugh et al., Nature, 2006)、「何を食べたいと感じるか」という主観的な欲求も、腸内環境の影響を受けているのではないか、という仮説が注目されています。
例えば、先日あなたが食べた焼肉やチョコレートも、純粋にあなた自身の意思だけで選ばれたものではなく、腸内細菌の代謝特性が無意識の選好に影響していた可能性も考えられます。
この文脈で、一般向けには通称「デブ菌」と呼ばれることがありますが、これは学術用語ではなく、エネルギー吸収効率が高いとされる腸内細菌群をわかりやすく表現した俗称です。
具体的には、腸内細菌全体のバランスにおいてFirmicutes(ファーミキューテス)門が相対的に多く、Bacteroidetes(バクテロイデーテス)門が少ない状態が、肥満と関連する可能性が報告されています。一方で、Akkermansia muciniphila(アッカーマンシア・ムシニフィラ)のように、代謝の健全性と関連が示唆されている菌も存在し、腸内細菌を単純に「善玉・悪玉」「痩せ菌・太り菌」と二分できるものではありません。
やや哲学的な表現を許せば、私たちは完全に自由な意思のみで行動している存在というよりも、自らの体内に共生する無数の微生物と相互に影響し合いながら選択し、行動している存在なのかもしれません。この視点は、腸内細菌を「敵」や「支配者」として捉えるものではなく、共に生きるパートナーとして理解し、共存のあり方を考えることの重要性を示唆しています。
腸活は一朝一夕で成果が出るものではありません。筋力トレーニングと同じく、日々の積み重ねが土台をつくります。興味深いことに、近年、犬や猫などのペットを飼っている人は腸内細菌の多様性が高い傾向にあることが報告されています。動物との生活を通じて屋外環境や他者との接触機会が増え、皮膚や腸内に取り込まれる微生物の種類が豊かになるためと考えられています。腸内細菌の多様性は、免疫機能やストレス耐性と関連することが知られており、こうした背景が、ペットを飼育する人に社交性や情動安定がみられやすいという指摘につながっている可能性があります。
いわば、私たちの腸内細菌はかわいいペットのような存在です。子犬・子猫を大切に育てるような時間の流れと気持ちが大切です。食物繊維や大豆製品という“エサ”を与え、睡眠やストレス環境を整えることで、心と体の安定を静かに支えてくれるのです。
腸内細菌と上手に共存するという視点は、単なる健康法ではありません。それは、「自分らしく働き、生きるとは何か」を、体の内側から問い直す新しい健康観です。産業カウンセラーがこの視点を持つことは、相談者をより立体的に理解する一助になるでしょう。
私たちは、意志や努力だけで生きている存在ではありません。気分の揺らぎ、集中力の低下、理由のわからない疲労感——その背景には、静かに語りかけてくる腸内環境の変化があることも少なくありません。
産業カウンセラーが、心の言葉に耳を傾けると同時に、腸という「もう一つの語り部」の存在を意識したとき、相談者は「理解された」という感覚を、より深いところで持てるようになるのではないでしょうか。
腸活は、相談者の人生を操作するための技術ではありません。むしろ、「自分の体と折り合いをつけながら生きてよい」という安心感を育むための、やさしい伴走です。
この連載が、対面や講演の場で、さらに深く語り合う入口となり、そして何より、産業カウンセラーとしてのまなざしをほんの少し広げる一助となっていれば、これ以上の喜びはありません。
三回にわたり拙稿をご覧いただき、誠にありがとうございました。本コラムを通じて、腸活の大切さに少しでも関心をお持ちいただけましたら幸いです。皆さまのカウンセリング活動が、職場環境の改善や社員の健康、そしてそのご家族の笑顔へとつながることを心より願っております。ご縁をいただきましたことに、深く感謝申し上げます。
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(太田先生のこぼれ話⑤)【最前線:40 Hzガンマ波刺激と脳腸軸への非侵襲的アプローチ】 本文で紹介した「40 Hzのガンマ波刺激は、単なるリラックス効果を超え、脳の恒常性(ホメオスタシス)の回復を促す可能性がある」という研究は、近年の神経科学分野における画期的な成果の一つです。では、なぜこの研究が「腸活」という文脈でも重要なのでしょうか。少しメカニズムを掘り下げてみましょう。 ガンマ波とは、脳が情報を統合したり、高度な注意・記憶・認知処理を行う際に出現する、おおよそ30〜100 Hzの高周波数帯の脳波です。アルツハイマー病などの認知機能障害では、このガンマ波の同期性(同調性)が低下していることが報告されています。 米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループは、40 Hzの光刺激や音刺激を外部から与えることで、脳内の40 Hzリズムを非侵襲的に再同期させるというアプローチを提示しました。 この動物実験では、40 Hz刺激によって、「神経細胞周囲の病理学的変化の軽減」、「脳内免疫細胞であるミクログリアの活性化」、「血液脳関門(Blood–Brain Barrier, BBB)の機能維持」などが観察されました。これらは、脳内環境の恒常性維持に関与する重要な要素です。 ここで、「腸脳相関(gut–brain axis)」との接点が見えてきます。腸内環境が乱れ、慢性的な炎症やストレス状態が続くと、炎症性サイトカインが増加し、脳の神経炎症を助長する可能性が指摘されています。 40 Hz刺激が脳内炎症を抑制し、BBBの機能を保つ方向に働く可能性があるという知見は、腸由来の炎症シグナルが脳に及ぼす悪影響を、間接的に緩和する上流側の介入として捉えることができます。つまり、40 Hzの音刺激や音楽は、「腸の不調 → 炎症 → 脳機能への影響」という悪循環に対し、脳側から環境を整える非侵襲的アプローチとして将来的に位置づけられる可能性があるのです。 もちろん、現時点ではこれらは主に動物実験に基づく知見であり、人における臨床応用や治療効果を断定する段階ではありません。しかし、音や光といった身体を傷つけない刺激が、分子・細胞レベルの調節機構に関与し得るという発想は、音楽が「癒やし」を超えた生理学的意義を持つ可能性を示しています。そして、音楽が認知症の予防・改善に効果があるのではないかという知見は、今まさに、さまざまな研究で試みられています。 音楽による病気の治療――それはまだ未来の話かもしれませんが、音楽を生活習慣の一部として取り入れることが、心身の恒常性を支える一助になるという視点は、腸活や予防医学とも深く共鳴する考え方と言えるでしょう。 |
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(太田先生のこぼれ話⑥)【なぜ「ヒーリング音楽・自然音」はカウンセリングに向いているのか】 クラシック、ジャズ、ロック、演歌、フォークソング、J-POP――音楽には多様な魅力がありますが、同時に「好みが大きく分かれる」という側面も持っています。このような音楽は「過去の記憶や個人の体験」(自伝的記憶)や文化的背景と強く結びつくため、ある人にとっては心地よい音楽が、別の人にとっては意図せず感情を揺さぶりすぎてしまい、かえってストレスになることも少なくありません。なお、自伝的記憶(autobiographical memory)とは、特定の音楽を聴いたときに、その人自身の過去の体験や情景、感情が鮮明によみがえる現象を指します。たとえば、「学生時代によく聴いていた曲を耳にして、当時の友人や風景を思い出す」、「ある歌を聴くと、楽しかった出来事だけでなく、失恋や別れの記憶まで一気に蘇る」といった体験が典型例です。 一方、ヒーリング音楽や自然音(波音・風音・雨音・鳥や虫の声など)は、旋律や歌詞による意味づけが最小限で、情動を過度に刺激しにくいという特徴があります。テンポや音量の変化が穏やかで、音域や周波数バランスも偏りすぎないよう設計・選択されており、聴く人の生理的リズムと衝突しにくい音環境として用いられます。 医学的には、こうした音環境が自律神経活動に影響を与え、副交感神経が優位になりやすい状態や、心拍・呼吸が穏やかに保たれる状態と関連する可能性が報告されています。また音響工学の観点からも、自然界に多く含まれる「1/fゆらぎ」をもつ音は、人の生理リズムと親和性が高く、長時間聴取しても疲労や緊張を感じにくいとされています。 さらに重要なのは、ヒーリング音楽や自然音が「評価されにくい音」であるという点です。「好き・嫌い」「知っている・知らない」「上手・下手」といった判断をほとんど必要とせず、相談者が構えずに受け取ることができます。音楽を“聴く”というよりも、“そこにある環境音として受け取る”感覚に近いと言えるでしょう。 そのため、ヒーリング音楽や自然音は、年齢・性別・文化的背景を問わず導入しやすく、会話や沈黙、内省の流れを妨げにくいという特性を持っています。特定の感情や行動を引き起こすことを目的とするのではなく、安心して話し、考え、感じるための「場」を整える音として、カウンセリングの現場と高い親和性を持つのです。 言葉を使わずに場を整える――それが「音」を用いる支援の大きな強みであり、ヒーリング音楽や自然音がカウンセリングに適している理由の一つと言えるでしょう。 |
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(太田先生のこぼれ話⑦)【迷走神経を「ハック」する~音楽によるインナーマッスルの調整】 本文では、音楽が自律神経(迷走神経)を介して腸に影響を与えると述べましたが、より具体的に、音楽が迷走神経をどのように刺激するのかを考えてみましょう。 迷走神経は、呼吸や心拍、そして消化管の運動を支配する副交感神経の主幹です。この神経の活動性が高いほど、リラックスした状態にあると言え、「迷走神経トーン(Vagal Tone)」として心拍変動などから評価されます。迷走神経トーンが高い人は、ストレスへの耐性が高く、炎症反応が低いことが知られています。 音楽療法が目指すのは、この迷走神経トーンを意図的に高めることです。 特に効果的なのは、ゆったりとしたテンポの音楽や、低周波の音です。低周波の音は、耳の奥にある前庭器や、迷走神経が分布する中咽頭の受容体を刺激し、直接的に迷走神経を介したリラックス反応を引き出す可能性があります。 また、歌や演奏、または呼吸法と組み合わせた聴取など、「能動的な音楽への関与」は、横隔膜の動きを深め、結果として横隔膜の近くを通る迷走神経を間接的に刺激する可能性があります。つまり、音楽に合わせて意識的に呼吸を整える行為(または音楽に誘発される自然な呼吸の変化)は、迷走神経を刺激する一種のインナーマッサージとして機能する可能性があるのです。 カウンセリングにおいて、クライエントに音楽を流すだけでなく、「音楽を聴きながら、ゆっくりと深く息を吸い、長く吐く」という簡単な指導を付け加えるだけで、音楽の迷走神経刺激効果は飛躍的に高まり、腸活への貢献も期待できるでしょう。あなたもぜひ、カウンセリングの現場で試してみてはいかがでしょうか。 |
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(太田先生のこぼれ話⑧)【「癒やし」だけではない? 医療現場で用いられる音と身体反応】 音楽は単に「気分を落ち着かせる」だけのものではありません。近年、音や音楽が自律神経系、内分泌系、そして免疫系を介して、生体のホメオスタシス(恒常性)に深く関与している可能性が、基礎研究・臨床研究の両面から報告されつつあります。 その興味深い一例として、マウスにモーツァルト(フルート四重奏曲K.285)(※6)を聴かせた研究を紹介します。 3週間、日中12時間音楽を聴取させた結果、腸内細菌叢の構成が変化し、特に有用な乳酸菌(Lactobacillus salivarius)が増加する傾向が観察されました。さらに、サルモネラ菌を感染させた実験では、音楽を聴いた群で体重減少が軽度にとどまり、腸内のサルモネラ量も有意に少ないことが報告されています。 この現象の背景には、「脳腸相関(Brain-Gut Axis)」と呼ばれるメカニズムの存在が示唆されます。聴覚刺激が脳のストレス中枢への入力を緩和し、迷走神経(副交感神経)を介して腸管の免疫機能や粘液分泌に影響を与えた結果、細菌叢のバランスが整い、病原菌の増殖抑制(酸性化環境の形成など)につながったと考えられます。 もっとも、これはあくまでマウスを用いた基礎研究であり、ヒトにおいて全く同様の現象が再現されるかは検証が必要です。したがって、「音楽を聴けば感染症を防げる」と短絡的に解釈することは適切ではありません。
日本では、柘植勇人医師(日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院 耳鼻咽喉科)らが、耳鳴りを単なる耳の症状ではなく全身的なストレス関連疾患として捉え、音響療法を臨床で継続的に実践しており、その有用性が報告されています(Hayato Tsuge et al., Audiology Japan 54: 239-248, 2011)。
これらは、音楽や音が直接病気を「治す(Cure)」ものではなく、身体が本来持つ調整機能を支える「ケア(Care)」の補助的手段として位置づけられます。腸活と同様に、食事・睡眠・運動といった基本を大切にした上で、音を生活環境の一部として戦略的に取り入れる——その距離感が、医学的にも現実的で安全と言えるでしょう。 音は、まだ解明途上ではありますが、医学と日常生活をつなぐ静かなツールとして、今後さらに研究が進むことが期待されています。将来的には、個人の状態や嗜好に合わせて設計されたオーダーメイドの音楽や自然音が、セルフケアや予防的健康管理に活用される時代が来る可能性もあるといえるでしょう。 |
※本コラム中のマンガ・図・写真は、パソコンではクリック、スマートフォンではタップすると拡大表示されます。
よろしければ、細部もご覧ください。
[注1]本コラムでは、専門用語をできるだけ平易にし、引用文献は紙面の都合で割愛しています。ご興味のある方は、信頼できる乳酸菌飲料やヨーグルトメーカーの公式サイト、または専門書などをご参照ください。
[注2]本コラムに掲載している図やイラストは、筆者がAIツールを使って作成したものです。内容は最新の知見をもとに、みなさまに少しでも分かりやすくお伝えできるよう工夫しています。実際の研究図とは一部異なる点がございますが、趣旨を損なわない範囲で簡略化しており、表現上の不足がありましたら筆者の責任によるものです。
[注3]本コラムでは、「ヒーリング音楽」や「自然音」の考え方を具体的にイメージしていただくため、音環境の具体例として、著者の研究・監修活動の一環として株式会社デラより提供されたヒーリング音楽・自然音音源を一部使用しています。研究内容の理解を補助する目的で、学術論文中において実際に使用された音源そのものを、一部、読者が確認できる形で参照しています。これらは音楽療法的視点の理解を補助するためのものであり、特定の製品・音源の効果を保証・推奨するものではありません。
[注4]参考音源一覧
・※1:筆者著作物・監修『ガンマ波ヒーリング〜認知症セルフケアのための音楽』(「脳内デトックス〜40Hz」/林 有三)〔試聴用音源:dlsr151_01.mp3〕権利者:株式会社デラ,製品番号:DLSR-151,参照:権利者提供音源
・※2:『小鳥のさえずり / ネイチャー・サウンド・ギャラリー』(「小鳥のさえずり(戸隠森林植物園 水芭蕉園周辺)」/自然音)〔試聴用音源:dlns206_01.mp3〕権利者:株式会社デラ,製品番号:DLNS-206,参照:権利者提供音源
・※3:『せせらぎ〜清流のシンフォニー / ネイチャー・サウンド・ギャラリー』(「晩夏のせせらぎ~白神山地・暗門川(青森県)」/自然音)〔試聴用音源:dlns216_01.mp3〕権利者:株式会社デラ,製品番号:DLNS-216,参照:権利者提供音源
・※4:『波〜慶良間・久米島 / ネイチャー・サウンド・ギャラリー』(「渡嘉志久(渡嘉敷島)」/自然音)〔試聴用音源:dlns201_01.mp3〕権利者:株式会社デラ,製品番号:DLNS-201,参照:権利者提供音源
・※5:『屋久島[CD+Blu-ray]/ネイチャー・サウンド・ギャラリー』(「縄文杉~夜明け」/自然音)〔試聴用音源:dlnb923_01.mp3〕権利者:株式会社デラ,製品番号:DLNB-923,参照:権利者提供音源
・※6 Music exposure enhances resistance to Salmonella infection by promoting healthy gut microbiota. Microbiology Spectrum. 2025.
Clara Y. Zhu, Hyuntae Byun, Elyza A. Do, Yue Zhang, Ethan Tanchoco, Joris Beld, Ansel Hsiao, Jun Zhu
(原著論文URL:https://journals.asm.org/doi/10.1128/spectrum.02377-24)
※論文中の3ページ目(PDF 3枚目)に、YouTube URLの指示があります。
・※7:『白神山地 / ネイチャー・サウンド・ギャラリー』(「小岳~鳥のさえずり」/自然音)〔試聴用音源:dlns207_01.mp3〕権利者:株式会社デラ,製品番号:DLNS-207,参照:権利者提供音源
・※8:『マロと聴く 気象病のための音楽』(「月の光~Rain Mix(オルゴールver.)」/自然音+オルゴール)〔試聴用音源:dlbl2501_02.mp3〕権利者:株式会社デラ,製品番号:DLBL-2501,参照:権利者提供音源
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太田 章夫(おおた・あきお)
東京大学大学院修了。オランダERSPCおよび米国SWOGに短期研究留学。
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