カウンセラーに知ってほしい腸活最前線 連載①腸活とは何か ― ネズミが教えてくれた「心」と「体」の秘密

2025年12月17日

今、注目を集めている「腸活」。最新の研究を踏まえた知見は、働く人の心身の健康づくりや、職場環境の改善にも生かすことができます。本連載では、医学研究に携わる太田章夫さんに、3回にわたり腸活の基礎から実践までをわかりやすく解説いただきます。

 

 

「腸活(ちょうかつ)」という言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。けれど、その本当の意味を知ると、きっと誰もが驚くと思います。最近の研究では、腸の中にすむ小さな細菌たちが、私たちの体だけでなく、気分や性格、さらには老化までも左右していることがわかってきたのです。

 

 

 

 

 

【ネズミの“性格が変わる”実験】

ある研究チームが、おとなしいネズミと攻撃的なネズミの腸内細菌を入れ替える実験を行いました。すると、驚くべきことに、おとなしかったネズミが攻撃的に、攻撃的だったネズミが穏やかに変化したのです。腸の中の細菌が、神経伝達物質やホルモンの働きを変え、脳の情動に影響してしまったと考えられています。この結果は、消化器専門誌「Gastroenterology」に発表されました。

 

さらに、肥満の人の腸内細菌を無菌マウスに移すと太り始め、痩せた人の腸内細菌では体形に変化なし(痩せた状態が保たれた)という報告もあります。つまり、腸内細菌のバランスだけで体質や太りやすさまでも変化するのです。

 

 

 

【ネズミの“若返り”実験】

最近では、腸内細菌が「老化のスピード」に関係することもわかってきました。アイルランド・コーク大学の研究チーム(Parker A et al., Microbiome, 2022)は、若いマウスの腸内細菌を高齢マウスに移植する実験を行いました。すると、高齢マウスの腸内環境が改善し、毛のつやがよくなり、行動も活発化。まるで「若い頃に戻ったかのように」動き回るようになったのです。

 

この現象は、腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸などの代謝産物が、脳の炎症を抑え、神経細胞の働きを回復させたためと考えられています。つまり、腸は「老い」と「若さ」のスイッチを握っている臓器でもあるのです。

 

【腸は「第二の脳」】

人の腸には約1,000種類、100兆個以上の細菌が棲みつき、重さにすると1〜2kgにもなります。腸と脳は「脳腸相関(gut–brain axis)」と呼ばれるネットワークで結ばれており、幸せホルモン・セロトニンの約9割は腸でつくられることが知られています。
ストレスを感じると腸の動きが止まり、腸の不調は気分の落ち込みや不安を引き起こす——まさに腸は“心の鏡”なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

【腸活は「自分を育てる」こと】

腸を整えることは、食事を変えるだけではありません。
よく噛み、よく笑い、音楽に癒され、感謝して食べる——その一つひとつが腸の健康につながります。

“心の乱れは腸の乱れ、腸の乱れは心の乱れ”

小さな腸の世界を整えることが、あなた自身の未来を若々しく保つ第一歩なのです。

 

 

 

 

 

次回の第2回目は「職場で活かす腸活―“まごわやさしいよ”で整う心と体」として、食事と腸内細菌との関わりをご紹介します。どうぞお楽しみに。

 


次回以降予告


第2回【職場で活かす腸活―“まごわやさしいよ”で整う心と体】
腸内細菌は、私たちの食事に敏感に反応します。
発酵食品(納豆、味噌、ヨーグルトなど)食物繊維(野菜・海藻・雑穀)を多くとると「善玉菌」が元気になり、炎症を抑える短鎖脂肪酸を生み出します。
一方で、過剰な飲酒・糖分・脂肪・睡眠不足・ストレス「悪玉菌」を増やす原因になります。
腸内の多様性が失われると、便秘だけでなく、肌荒れや気分の落ち込みも起こりやすくなるのです。
詳しくは、本ブログ記事第2回目でお話いたします。

 

 

 

第3回【音楽が腸と心を整える―カウンセリングに生かす“音のチカラ”】

最近では、音楽が腸内環境に影響することもわかってきました。
ラットに心地よい音楽を聴かせると、腸内細菌の多様性が増したという報告もあります。
好きな音楽を聴くことで副交感神経が優位になり、腸のリズムが整うと考えられます。
このように、「音で整える腸活」は、気軽にできる新しい健康習慣として注目されています。
詳しくは、本ブログ記事第3回目でお話いたします。

 

 

 

 


 

(太田先生のこぼれ話①)【日本発の科学・世界に先駆けたプロバイオティクス(医学博士・代田 稔の挑戦)】

(写真提供:株式会社ヤクルト本社)

腸活の科学が今や世界的な潮流となった裏には、日本が世界に先駆けてその概念を提唱し、実現した歴史があります。その原点にあるのが、京都帝国大学医学部の医学博士・代田 稔(しろた みのる)が発見した L.パラカゼイ・シロタ株(乳酸菌 シロタ株)の功績です。

代田氏は、まだ衛生環境が十分でなかった1930年代、感染症予防のために「腸を強くする」ことに着目しました。彼は、生きたまま腸に到達し、人に有益な作用をもたらす乳酸菌を探索し、強化培養に成功しました。これが、後に「プロバイオティクス(Probiotics)」と呼ばれる概念の源流です。プロバイオティクスとは、「適切な量を摂取することで、宿主(人体)に健康上の利益をもたらす生きた微生物」と定義されます。

当時の西洋医学が病気の「治療」に注力する中、代田氏の研究は「予防」と「未病」という東洋的な思想を科学的に裏付けるものであり、画期的でした。彼は、乳酸菌 シロタ株を多くの人が手軽に摂取できるよう、安価な乳酸菌飲料として提供することを決意しました。この活動こそが、現在の腸活ブームの土台を築き、日本の公衆衛生と健康寿命の延伸に大きく貢献したと思われます。

腸内細菌が健康に寄与するという彼の信念と実践は、現在、私たちが議論している脳腸相関の最先端研究にも通じるものです。私は、代田氏の功績は、まさにノーベル賞にも値する偉大な業績であると考えています。腸活を語る上で、この日本発の偉大な科学的貢献を抜きにしては語れません。「腸を整える文化」は、日本が世界に誇る“メイド・イン・ジャパン”の知恵ともいえるでしょう。

 

(太田先生のこぼれ話②)【エクオールと心身のバランス】

大豆に含まれる「イソフラボン」は、腸内細菌の働きによって「エクオール」という成分に変わります。
エクオールは女性ホルモン(エストロゲン)に似た作用をもつことから、更年期のゆらぎや骨の健康、肌のうるおいに関わる成分として注目されています。さらに、大豆食品を継続的に摂る人では、乳がんや前立腺がんのリスクが低い傾向が報告され(Akaza et al.,2004)、その一因としてエクオールの働きが示唆されています。がん患者の増加の一因に、特に若者での、食物の西洋化による大豆製品離れがあるのではないか、という仮説もあります。

また、大豆製品は腸内環境を整えやすく、腸が担う免疫機能(免疫細胞の約7割)に良い影響を及ぼすことも知られています。腸の調子が整うことで、「風邪をひきにくい」「疲れにくい」といった実感につながることもあります。

ただし、エクオールをつくれるかどうかは腸内細菌の“顔ぶれ”に左右され、日本では約半数の人が「エクオール産生者」とされています。納豆、豆腐、味噌、豆乳などの大豆製品を日常的に取り入れることで、この産生菌が働きやすくなると考えられています。なお、エクオール産生者か否かは腸内細菌の検査キットが市販されていますので、測定してみることも良いでしょう。自分の腸の様子を日頃から科学的に把握しておくことも大切かもしれません。エクオールは、サプリメントによる摂取も可能となっています。
腸が整うとストレス耐性や睡眠リズムが安定しやすくなるという報告もあり、産業カウンセリングでも役立つセルフケアの視点です。

身近な大豆食品を少し増やすだけで、腸・肌・免疫・心のリズムにやさしく働きかけることが期待できます。

[注1]本コラムでは、専門用語をできるだけ平易にし、引用文献は紙面の都合で割愛しています。ご興味のある方は、信頼できる乳酸菌飲料やヨーグルトメーカーの公式サイト、または専門書などをご参照ください。
[注2]本コラムに掲載している図やイラストは、筆者がAIツールを使って作成したものです。内容は最新の知見をもとに、みなさまに少しでも分かりやすくお伝えできるよう工夫しています。実際の研究図とは一部異なる点がございますが、趣旨を損なわない範囲で簡略化しており、表現上の不足がありましたら筆者の責任によるものです。

太田 章夫(おおた・あきお)

東京大学大学院修了。オランダERSPCおよび米国SWOGに短期研究留学。
東京大学医学部および国立がん研究センターなどで約20年にわたり、臨床研究と予防医学(特にがん検診)の研究に従事。
京都大学名誉教授・河合隼雄氏の指導を受け臨床心理学を深めた菅佐和子教授(京都大学医学部)に師事し、心理学を学ぶ。
スクールカウンセラーとして青少年支援の経験を持つ。
近年は研究経験を活かし、ヒーリング音楽の先駆企業・株式会社デラの開発に参画し、監修者等として科学的視点から製品づくりを支援している。
代表作に「ガンマ波ヒーリング 認知症セルフケアのための音楽」。科学的根拠に基づく健康情報を一般向けにわかりやすく発信している。

 

 

 

 

人気記事ランキング

TOPへ戻る