コロナ時代の中で、産業カウンセラーの皆さんは、これまで経験したことがないような相談(応用問題)に対処することが求められています。この連載では、応用問題に対処するためのヒントになる労働法の基本知識を、対話形式でお伝えします。
【登場人物】
ウシさん…民間企業の人事部に在籍する産業カウンセラー |
◆職場、通勤途中、在宅ワークに分けて考える
ウシ「トリさん、トリさん。部長から、『うちの従業員がコロナに感染した場合、労災になるの?』『ちょっと調べて報告書を作ってください~♪』と軽いノリで頼まれたのですが…」
トリ「部長さん、軽いノリなんですね。実は意外と難しい問題ですよ。」
ウシ「そうですよね。いろいろなケースが考えられるから、どう分類して良いか分からなくて。」
トリ「例えば、(A)職場で同僚から感染したかもしれないケース、(B)通勤途中で感染したかもしれないケース、(C)在宅ワークで家族から感染したかもしれないケースに分けて、それぞれ労災になるのか検討してはどうでしょうか?」
ウシ「あ、それはいいですね!」
トリ「コロナの労災で一番重要な資料として、厚生労働省が、令和2年4月28日に、『新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて』との通達を出しています。かみ砕いて説明すると、
通達①…医療従事者は、感染経路が不明であっても、労災を認める
通達②…一般労働者は、感染経路が職場であると特定された場合(例えば職場でクラスターが発生した場合)、労災を認める
通達③…一般労働者は、感染経路が特定されなかったとしても、状況証拠から職場で感染した可能性が高い場合、労災を認める
となっています。」
ウシ「通達①や通達②のケースで労災を認めることはイメージしやすいですが、通達③はどんな場合でしょうか?」
トリ「例えば、スーパーの店員(一人暮らし)が感染した場合、『不特定多数のお客さんと接している』『家族からの感染は想定できない』という状況証拠から、職場で感染した可能性が高い(=労災認定)となります。」
ウシ「厚労省の考え方は分かりました。すると、先ほどの(A)職場感染のケースはどうなりますか?」
トリ「ウシさんの会社は接客業ではなく、オフィスワークが中心ですよね。すると、ウシさんの職場でクラスターが発生した場合は労災が認められますが(通達②)、クラスターが発生していない場合は、状況証拠から労災を認めるのは難しいですね(通達③)。」
ウシ「なるほど。次の(B)通勤感染のケースはどう考えたらよいでしょうか?」
トリ「通勤途中で感染したと証明できればよいのですが、実際には難しいですね。直感的に、電車の中で感染したかもしれないと思う気持ちは理解できますが、実際に、電車の中で感染したことを証明する術がありません。乗客名簿がある飛行機であれば、乗客から感染したことが後日分かるかもしれませんが、通常の電車では、感染経路は分からないですよね。」
ウシ「なるほど。最後の(C)在宅ワークですが、在宅ワークの場合は『自宅=職場』となるのですから、家族から感染したのであれば、通達②や通達③に当たるのではないでしょうか?」
トリ「確かに、仮に会社へ出勤していれば、1日10時間程度は家族に接しなかったのですから、感染リスクは下がると言えます。しかし、残り1日14時間は、やはり家族と同じ空間にいるわけですから、家族からの感染リスクは十分あることになります。そうすると、『在宅ワークをしていなければ、感染することはなかった(在宅ワークをしたことが感染の原因だ)』とは言えないですね。」
ウシ「なるほど。在宅ワークで家族から感染した場合、労災を認めることは難しい、ということですね。」
トリ「そうですね。そもそも労災は、『業務に内在する危険性が具体化したか否か』という基準で判断されます。そうすると、医療従事者の場合は、コロナ感染は『業務に内在する危険性』と言えますが、一般労働者の在宅ワークでは、コロナ感染が『業務に内在する危険性』とまでは言えないのです。」
◆労災とは別に会社に損害賠償請求できる?
ウシ「理解できました。ところで、労災の場合、会社に対しても慰謝料など損害賠償請求ができると聞いたことがありますが。」
トリ「はい、広い意味での労災には、労基署へ請求する『労災』と、会社へ請求する『労災損害賠償』の2種類があります。一般的に『労災』というと、労基署へ請求する労災のことを指しますが、これは保険の一種なので、会社側に安全管理の落ち度(過失)があるかどうかは問題になりません。一方、会社へ請求する『労災損害賠償』は、会社側に『安全配慮義務』や『使用者責任』という落ち度(過失)があった場合に認められます。」
ウシ「ちょっと、違いが分からないのですが(汗)。『労災』が認められると、『労災損害賠償』も自動的に認められるわけではないのですか?」
トリ「長時間労働によってうつ病になった場合は、『労災』が認められると、『労災損害賠償』もほぼ自動的に認められます。なぜなら、会社側には、長時間労働を防止する義務がありますので、過失はほぼ認められるからです。ところが、コロナ感染では、『労災』は認められても、『労災損害賠償』は認められないケースが多いと思います。なぜなら、会社側が標準的な感染防止策を講じていたとしても、職場でクラスターが発生してしまうことはあり得るからです。」
ウシ「なるほど。厚労省の通達①②③のケースも、よく考えてみたら、会社側が感染防止策を講じていたとしても、防ぎようがない場合が多そうですね。」
トリ「はい。『労災』というのは、原因が特定できれば良いのですが、『労災損害賠償』では、原因に加えて会社側の防止義務違反が認められなければなりません。」
ウシ「ありがとうございます! 今説明していただいた内容を文章にまとめて、報告書を作りますね。部長をギャフンと言わせます!」
※次回連載へ続く(2022年1月更新予定)
コロナ時代に知っておきたい労働法の知識①「ハラスメントは誰を基準にして判断するの?」
コロナ時代に知っておきたい労働法の知識②「新しい問題への対処法 テレワーク命令の有効性」
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弁護士・産業カウンセラー
鳥飼康二