カウンセリングの場において、依存症の疑いがあるクライアントに出会われたことはありますか。産業カウンセラーとして、具体的にどう対応していけばよいでしょうか。 医療記者として、さまざまなメディアに記事を発信されてきた岩永直子さんに、2回にわたりご執筆をいただきます。 |
デメリットが上回っていてもやめられない
「依存症」とはどんな病気かご存じだろうか?
嗜好品や娯楽とされているもののメリットよりもデメリットが大幅に上回るにもかかわらず、それを止めようとしなかったり、やめたいと思っていてもやめられなくなったりする状態を指す。アルコールや薬物、タバコ(ニコチン)など化学物質の依存と、ギャンブル、ゲームなど行為の依存に大きく分けられる。
家族や友人などの人間関係だけでなく、仕事にも大きく支障をきたすし、仕事でのストレスが引き金になることも多いから、産業カウンセラーの皆さんも関わる可能性が高いのではないだろうか。
意思の問題ではなく、脳の病気
この依存症、社会から大きな誤解を抱かれているのが厄介なところだ。
特定の物質や行為が過剰になり、やめられなくなるのは、本人の意思が弱いからでも、だらしないからでも、ルールを軽んじる反社会的な人物だからでもない。特定の物質や行為を取り入れると、脳内に快楽物質ドーパミンを分泌する回路ができる。これを繰り返すうちにより多い量、より強い刺激でないと分泌できなくなる。さらに一部の人では脳の働きに変化が起き、ほどほどではおさまらなくなるのが依存症という状態である。つまり、依存症は脳の病気なのだ。
スティグマを押し付けられて
それなのに、「やめられないのはお前の根性が足りないからだ」などと精神論で叱咤激励する人が、医療者でさえいる。薬物やアルコールで失敗した芸能人などを叩き、私刑のようにバッシングするテレビや雑誌を見たことがある人も多いだろう。
大谷翔平選手の通訳だった水原一平氏が、人格まで否定し尽くされたことを思い出してほしい。彼が犯した過ちを擁護するつもりはないし、法に基づいて罪は償ってほしいと思う。だが、スポーツ賭博であれほどの大きな借金を作り、家族ぐるみの温かい付き合いをしていた大谷選手に繰り返し嘘をつき続ける行為をしたのは、彼の人格が捻じ曲がっていたわけではない。明らかにギャンブル依存症という病気だったからだ。彼は治療や回復支援が必要な病気の人でもあるのだ。
これほど患者を叩く病気が他にあるだろうか? 依存症は社会からスティグマ(負の烙印)を押し付けられる病なのだ。
理解を広げ、回復を応援する依存症専門のメディア
筆者は大手新聞社、オンラインメディアで長く医療記者を続け、独立してからは、日本初の依存症専門のオンラインメディア「Addiction Report」(https://addiction.report/)の編集長をしている。このメディアが掲げている目的は、科学的根拠を持った記事で依存症への正しい理解を社会に広げること、そして患者や家族の回復を応援し、依存症への偏見を払拭することだ。依存症は適切な治療と仲間とのつながりなどの支援があれば、回復できる病気なのだ。
心の痛みを癒やす自己治療の側面も
大量に酒を飲んでも、ギャンブルをしょっちゅう楽しんでも依存症にならない人はいる。人はなぜ依存症になるのだろうか?
依存症の背景には、虐待や貧困など逆境的な生育環境や、発達障害やうつなどの気分障害による生きづらさ、仕事や家庭生活での強いストレスなど、何らかの苦痛があることが多い。
そして、依存症になりやすい人は自己肯定感が低く、人に助けを求めるのがとても下手くそだ。人に迷惑をかけられないという気持ちが強く、自分一人でその苦痛を和らげようと、物質や行為に頼る「自己治療」の側面があることを理解してほしい。
バッシングや再びやり直すチャンスを与えない突き放しは、依存症者をますます孤立に追いやり、回復から遠のかせてしまう。
医療機関や自助グループにつなぎ、関係調整も
産業カウンセラーの皆さんは、「傾聴」が基本姿勢だと聞く。依存症の疑いがあるクライアントに出会った時、その問題行為にだけ注目するのではなく、まずはどんな困り事があるのか、そしてそんな依存が始まった背景には何があるのかに丁寧に耳を傾けてほしい。そして、治療施設や回復のための自助グループにつないでほしい。
そして、依存症者個人だけに対応すればいいわけではない。上司や会社、家族や社会のさげすむ目が、本人を追い込み、ますます依存対象から手を離せなくなっていることに気づいてほしい。依存症とは関係性の病でもある。周囲の理解を促すことや、関係を調整することも重要な支援の一つになる。
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岩永 直子(いわなが・なおこ)
東京大学文学部卒業後、1998年4月読売新聞社入社。社会部で事件担当や厚労省担当、医療部記者を経て2015年に読売新聞の医療サイト「yomiDr.ヨミドクター」編集長。2017年5月、BuzzFeed Japan入社、BuzzFeed JapanMedicalを創設し、医療記事を執筆。 |