産業カウンセラーの皆さんは、講師活動においてレジュメやスライドを作成すると思います。
この連載(全2回)では、著作権の観点から、レジュメやスライド作成の際の注意点を、対話形式でお伝えします。
【登場人物】
ウシさん…民間企業の人事部に在籍する産業カウンセラー |
◆著作権、著作物とは?
ウシ「この前、社内研修でレジュメを配布したのですが、参加者の人から
『これって著作権侵害じゃないですか?』と質問されてドキッとしたのですが…
トリさん、そもそも著作権って何ですか?」
トリ「それはドキッとしてしまいますね。著作権を考えるときは、まず、『著作物』に当たるかどうかを考えると良いでしょう。著作物でなければ、著作権侵害の問題にならないからです。」
ウシ「他人が考えて書いたものは、すべて著作物ではないのですか?」
トリ「それでは何も利用できなくなってしまいますよ(汗)。著作権法では、著作物を、『思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』と定義しています。身近なものでは、書籍、WEBの記事、写真、動画、音楽、映画、プログラムなどですね。」
ウシ「何だか分かったような、分からないような…」
トリ「ポイントは、『思想又は感情』と『創作的』という部分です。例えば、書籍やWEBに記されていることであっても、『思想又は感情』でもなく、『創作的』でもない場合は、著作物には該当しません。」
ウシ「具体例で説明してもらえますか?」
トリ「はい、それでは東京支部のWEB上の記事を使って説明しましょう。
まず、『東京支部について』の中に『東京支部は、東京都、山梨県在住・在勤の約7,000人の会員で構成されています』
との文章があります。これは著作物でしょうか?」
ウシ「うーん、『思想又は感情』とは言えないような…」
トリ「その通りです。会員約7,000人という客観的データを示しているだけなので、『思想又は感情』ではないですね。では、協会本部のWEBのトップページに大きく出てくる『働く人と組織を支える』とのスローガンは?」
ウシ「これは『思想又は感情』なので著作物ですよね?」
トリ「惜しいです!確かに、働く人と組織を支えたいという『思想又は感情』が表現されていますが、『創作的』とまでは言えません。とても良い表現ですが、ありふれた文字の組み合わせなので、これを著作物として保護の対象としてしまうのは、やり過ぎなのです。」
ウシ「なるほど、著作物の対象が広すぎると、逆に窮屈な世の中になってしまうのですね。それでは、典型的な著作物とはどのようなものですか?」
トリ「東京支部の『支部長挨拶』の一節に、『働く人たちが人として尊重され、その職業生活において健康を保持増進しながら能力を発揮し、自分らしく生き生きと人生を謳歌できる社会の実現に向けて、産業カウンセラーとして「今やれること」は何か、会員の皆さまと一緒に考えながら、社会に貢献できる産業カウンセリング活動の道を60年から先の未来も、一歩一歩着実に歩んでいきたいと思います』とあります。これは、支部長の『思想又は感情』が『創作的』に表現されているので、典型的な著作物ですね。」
ウシ「良く分かりました!」
◆参加者限定でPDFをダウンロードさせても
著作権侵害になり得る
トリ「ところで、ウシさんが配布したレジュメはどのような内容だったのですか?」
ウシ「とても参考になる心理学の本があったので、そのうち3ページをコピーしたのですが、紙で配ったのではないのですよ。オンライン研修会だったので、PDFにしたものを参加者にクラウドからダウンロードしてもらっただけなのですが…」
トリ「それは、著作権のうち『複製権』と『公衆送信権』の侵害となりますね。」
ウシ「え?やっぱりまずかったでしょうか…」
トリ「はい、まずかったですね(汗)。複製の典型例は、書籍を紙でコピーすることですが、スマホで撮っても、PDFにしても、複製権の侵害になるのです。」
ウシ「PDFならセーフだと思っていました… あと、『公衆送信』って何ですか?」
トリ「インターネットなどを通じて、公衆つまり多くの人に、著作物が閲覧できる状態にすることです。」
ウシ「誰でも閲覧できるブログやSNSにアップロードするなら著作権違反かなっていうのは直感的に分かるのですが、クラウド上で参加者限定でもダメなのですか?」
トリ「はい、公衆というのは『不特定の人』だけでなく『特定多数の人』も含まれるのです。」
ウシ「そうだったんですか… それじゃあ、私は著作権違反をしてしまったのですね… どんな罪に問われるのですか!? トリさん、弁護してください(涙)」
トリ「どうか落ち着いてください。たしかに、著作権法には、『著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する』と罰則がありますし、民事上の損害賠償責任があります。ただ、悪質でなければ、警察もいきなり逮捕したりしませんし、著作権者も『著作権侵害だ!損害賠償だ!』といきなり責めてこないでしょう。少なくとも、今後は同じようなことをしないよう注意してくださいね。」
ウシ「はい、次から注意します… それでは、次に研修会をするとき、他人の著作物を利用したい場合、どうしたらよいのですか?」
トリ「著作権者の許可を得れば良いですが、そのほかの方法として、著作権法には、違反とならない例外規定がいくつか定められているので、それを利用すると良いでしょう。次回に著作権法違反とならないための方法を説明します。」
<文>
弁護士・産業カウンセラー
鳥飼康二