●駐夫って、どんな人?
駐夫(ちゅうおっと)と呼ばれる男性たちのことをご存じでしょうか?
海外勤務となった妻(女性パートナー)と共に日本を離れることを決断し、会社を休職したり、退職したりした上で、妻に同行する人たちを称します。男性駐在員の妻、駐妻(ちゅうづま)という言葉は、よく知られていることでしょう。それのジェンダーを入れ替えた逆バージョンに当たり、女性駐在員の夫たちを、駐妻ならぬ駐夫と言います。
私自身、妻の海外赴任を受け、大手報道機関の政治部記者の仕事を休職(会社の制度を男性として初めて活用)し、2017年12月に5歳と3歳の子どもを連れ、4人で渡米しました。当時、東京支部広報部にも所属し、支部報「いまここTokyo」の編集長を務めていましたが、そちらの職も後任に委ねました。駐夫として、米国に3年3カ月暮らした後、2021年春に帰国。現在は、ジャーナリスト/キャリアコンサルタントとして活動しています。
今月と来月の2回にわたって、1月に上梓した『妻に稼がれる夫のジレンマ ~共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』を基に、産業カウンセラーやキャリアコンサルタントの皆さまに、珍しい部類に属する駐夫が抱く葛藤や意識変容、帰国後のキャリア形成のほか、日本が抱える深刻な問題(ジェンダーギャップ、長時間労働、固定的・硬直的な性別役割分業意識)など、ぜひとも把握していただきたい事項についてお伝えします。
●仕事中心から家事・育児中心の生活へ
グローバル化の進展を受け、日本企業は国外に多くの駐在員を派遣しています。「男は仕事、女は家事・育児」として、専業主婦が圧倒的多数の時代は、海外駐在員として働くのは男性が圧倒的でした。従って、夫に帯同する妻も専業主婦が大半だったと思われます。
ところが、女性の社会進出に伴い、1997年以降、共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回り続けています(※1)。それによって、女性の海外駐在員は年々増えているのが各種統計で明らかになっています。となれば、夫や子どもを連れて国外に赴任する女性駐在員がおのずと増加するのはお分かりいただけると思います。これが、駐夫が誕生した経緯です。
政府は2014年、国家公務員が配偶者の海外転勤に同行する際、最長3年間の休業を認める法律を施行しました(※2)。これを受け、大手企業を中心に民間でも同様の休職制度を設ける動きが広まっています。官民問わず、職を失う心配を払拭した仕組みの浸透も、駐夫の決断を後押ししています。とはいえ、こうした休職制度を整備しているのはわずか3.9%にとどまっている(労働政策研究・研修機構の2016年調査)のが実情です。
私の場合、運良く所属企業が休職制度を整えていたため、キャリア喪失の心配はありませんでした。ただ、日本で築いてきたキャリアが数年単位で中断、断絶することには相当な不安がありました。上述の拙著でインタビューした駐夫経験者10人のうち、休職制度を活用したのは、2人だけです。他の8人は、制度がなかったなどの理由で退職を余儀なくされました。そして、彼らの大半は仕事中心の生活から、妻をサポートしながら家事・育児中心の日々に激変したことで、葛藤や心理的ストレスに直面しました。
●稼ぐ力を喪失し、葛藤にさいなまれる
共働きとは言え「男は仕事、女は仕事と家事・育児」の価値観が跋扈(ばっこ)する日本社会において、長時間労働を強いられていた駐夫たちは、稼ぐ力=稼得能力の喪失、これこそが葛藤の主要因でした。ある人は、妻が稼いだお金で買い物をする後ろめたさから、スーパーで自分が食べたいものを一度手に取り逡巡した後、棚に戻していました。別の人は、飲み会に行く回数を自粛しました。夫婦げんかの後、「ここ(米国)に住めてるのは、私のおかげじゃん」と捨て台詞を吐かれた男性もいました。最終的に、同行することを自分で決断したものの、男性性の象徴であり、プライドの一つでもある稼得能力を失ったことで、メンタルの激しい浮き沈みを経験する羽目になったのです。
葛藤を繰り返しながらも、何とか乗り越えた後、駐夫たちは帰国後のキャリア再構築を目指し、現地でさまざまなスキルを体得し、貴重な経験を積み重ねました。帰国したおのおのは、日本で再就職に向けた面接に臨みます。ここで、スムーズに移行した人がいた反面、難航した人もいました。数十社に応募しても、面接に進めたのは数社。はっきりとした理由は定かではありませんが、年単位のキャリア中断が問題視されたものと想定されます。
●男性のキャリア中断を日本社会は受け入れるのか?
日本の男性は、敷かれたレールを進み途中下車が許されない、単線片道のキャリア形成がごく一般的です。出産や育児などライフステージの変化によって女性が直面するキャリア中断も深刻ですが、男性の数年タームのキャリア中断は日本社会においてより不利になるとの実情が、駐夫の事例から浮き彫りになりました。日本社会は、キャリアが途絶えた男性に対し、極めて厳しい現実を突き付けるのです。
海外赴任に同行する女性も、一昔前の専業主婦ばかりではなく、バリバリ働いていた人が増えてきました。従って、帰国時のキャリア再設計時の悩みは、駐妻も駐夫も共通です。駐妻の実情は、これまで明らかになっていましたが、同様なことが男性にも起きているのです。こうした状況について、カウンセリングやキャリアコンサルティングの現場にいる皆さまが認識していただけると嬉しい限りです。
<引用・参考文献>
※1 労働政策研究・研修機構 専業主婦世帯と共働き世帯 1980年~2023年
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0212.html
※2 国家公務員の配偶者同行休業に関する法律について
https://www.soumu.go.jp/main_content/000260995.pdf
小西一禎(こにし・かずよし) ジャーナリスト、国家資格キャリアコンサルタント、産業カウンセラー。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初めて取得、妻・二児とともに、ニュージャージー州に移住。在米中、休職期間満期のため退社。21年、帰国。元コロンビア大東アジア研究所客員研究員。駐在員の夫「駐夫」(ちゅうおっと)として、各メディアに多数寄稿。160人でつくる「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『妻に稼がれる夫のジレンマ~共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)、『猪木道~政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実』(河出書房新社)。修士(政策学)。15~16年、東京支部(大井町会場)で産業カウンセラー養成講座、17年、神奈川支部でキャリアコンサルタント養成講習をそれぞれ受講。 |