日本の企業のうち、中小企業の割合は99.7%、中小企業の従業員数は7割を占めています(※)。
その中小企業や小規模事業者におかれては、従業員の離職に歯止めがかからない、従業員のこころのケアをしなければ、と頭を悩ませている担当者も多くいらっしゃるかと思います。
そこで今回、中小企業の管理部門で働いてきた自身の経験も踏まえ、中小企業や小規模事業者の皆さまにも取り組んでいただける、従業員のこころのメンテナンス(メンタルヘルス対策)の方法について考えてみることにしました。
※「平成28年経済センサス」総務省統計局より
●中小企業こそ、手が回らない部分をカウンセリングで補っていく
まず、メンタルヘルス対策を講じる際にハードルになるのが、マンパワーを含めたコストの問題かと思います。限られたエネルギーをどこに配分するかは、中小企業にとって重要な課題です。「メンタルヘルスより新規開拓だろう」「無駄なコストを見直そう」といった議論になることは当然のことと思います。
しかし中小企業の中でも、メンタルヘルス対策を重要課題として取り組んでいる企業も数多くあります。経営陣の方とお話しをする機会も多いのですが、対策を導入したきっかけとして、「従業員のメンタルヘルス不調が複数発生した」「離職やハラスメント問題など、社内でなんらかの問題があり着手に踏み切った」というお話が多いのは事実です。
実際に従業員体験カウンセリングを実施してみると、従業員からは以下のような感想が聞かれます。
・コロナもあり、社外の人と話す機会が減っていたが、自分の仕事や価値観を客観的に見直すことができて助かる。 ・従業員が少ないので、社内では話せないことを聴いてもらえて気持ちがすっきりした。 ・定年後、再任用後の働き方について考えたかったが、社内ではなかなか話しづらい。キャリアや人生の相談ができると思っていなかったので、意外に助かった。 ・部下の指導について、相談する相手もおらず一人で悩んでいたが、相談できて関わり方について考えが少し整えられてよかった。 |
中小企業や小規模事業者の中には、「人が一番の財産」と考えている企業も多いと感じます。定年、再任用間近の従業員や、社員の離職防止のためのキャリアカウンセリングなど、メンタルだけなく、これからの働き方、見つめ直しに活用いただける点も大きいと感じます。働く意欲にも関わる、一人ひとりの心の奥深い部分に触れるカウンセリングの場が定期的に設けられることは、人事や上司だけではなかなかサポートしきれない部分をカバーする効果があると実感しています。
●カウンセリング導入の副次的な効果
メンタルヘルス対策に費用を投資することは、社内だけでなく社外に対する自社ブランドのイメージアップにもなると考えられます。
例えば、自社ホームページの企業案内に、「当社は一人ひとりの心の健康づくりにも取り組んでいます」と掲げて示すことは、「なんだか人を大切にしていそうな会社だな」という好印象を与え、取引や採用において、間接的に競合他社との差別化を図ることもできるかと思います。
●できるだけ費用をかけずにメンタルヘルス対策を進める
ここで触れるのは完全に宣伝行為…(笑)ですが、役立つ方もおられるのではないかと思いますので、ご紹介させていただきます。
当協会の相談室は、年間いくらという契約もありますが、カウンセリングの発生ベースで利用することもできます。
つまり、相談契約をしておいて、利用がなければ費用は発生しないし、利用した分だけの費用でよいということです。従業員の皆さんには、「当社はカウンセリングルームの契約をして、会社に漏れることなく、気軽に相談ができます」ということを周知できますし、従業員は、使いたい時にカウンセリングが受けられるメリットがあります。
カウンセリングは必要なときに受けることがほとんどですので、費用が発生した時点でそれは「必要経費」であり、「無駄な費用」ではありません。
現在、協会では、対面カウンセリングの他にも電話、Web(オンライン)(一部支部を除く)で実施しています。また、本部にはSNS相談センターもありチャット相談も利用できますので、多様な働き方が求められる今、さまざまなツールを使って相談できることは多様な働き方にもフィットしたものと思います。
●ストレスチェック制度で活用する
上記の通り、相談室はスポットで気軽に利用できますので、高ストレス者のフォローや、ストレスチェックの集団分析で高ストレスのチームメンバーにカウンセリングを実施するといった活用も可能です。産業カウンセラーはストレスチェック制度の「補足的面談」の実施が認められた資格です。基本料金なしで、使った分だけ払えば良い、というのは中小企業としては助かる契約システムだと思います。
●小回りの利く組織だからこそ、できることから
最後に、最小限の投資でメンタルヘルス対策を行う方法として紹介するのが、社内で意欲のある方に産業カウンセラー養成講座に通って資格を取得してもらい、自社のメンタルヘルス対策の推進リーダーとして活躍いただくという方法です。
自社の社員がこころのメンテナンスに詳しく、カウンセリングや研修を行える、というのは心強いものです。
私も、20代半ばでこの産業カウンセラーの資格を取りました。当時、従業員400名ほどの中小企業の総務部に所属しておりましたが、取得当初は社内ですぐに認めてもらうことが難しかったことは事実です。
そこでまずは、担当していた社内報にメンタルヘルスの記事を掲載することから始めてみました。すると「ちょっと話を聞いてほしいんだけど」という従業員がポツポツと相談に訪れることが増えてきました。
また上司に提案し、就業時間後にメンタルヘルス研修を開催することにもチャレンジしました。心の健康のしおりを手作りで作成し、食品会社でしたので食に興味の高い従業員も多かったため、栄養士さんにメンタルヘルスに効果的なメニューを考えていただき、試食を用意したり、アロマテラピーのブースも用意し、リラックスしていただけるようにしました。
当日は15名ほど集まってくださり、試食の炊き込みご飯をほおばりながら、アロマを同時にもの珍しそうに嗅ぐ中高年社員の姿はなんとも微笑ましく感じられました。また、その研修には、会社の上層部の役員も複数参加してくださり、その後の活動の足掛かりにもなりました。
健康管理部門、総務や人事でなくても、今その人が置かれた立場でメンタルヘルス対策を取り組んでみる、ということが中小企業という組織では重要だと思います。
例えば、経理の方であれば、給与明細の封筒に「心の健康ミニレター」を同封する。営業や管理職、そのほかの業種の方でも、オンラインミーティングで厚生労働省の「リラクセーションYOGA」(https://kokoro.mhlw.go.jp/ps/relaxation/)の動画を1つ選んで流すなど、ささやかな発信を繰り返し、「メンタルヘルス=〇〇さん」と従業員にイメージ付けをしていくことからでよいと思います。中小企業・小規模事業者だからこそ小回りの利いた知恵と工夫が、生かせることと思います。
自分を大切に扱ってくれる組織で働きたいと考える方がほとんどだと思います。
取り組めない理由はいくらでも挙げられますが、激変する時代を乗り越え、生き抜いていくためにも、従業員のこころのメンテナンスに対し、できることから着手することは、従業員の安心や職場への信頼にもつながるのではないかと考えます。
「まずはできることから」という気軽なスタンスで取り組んでみてはいかがでしょうか。
<文>
松崎優佳(まつざき・ゆか)
シニア産業カウンセラー・公認心理師・キャリアコンサルタント・SNSカウンセラー
東京支部登録カウンセラー/登録講師/普及事業部カウンセリング担当部長/本部SNS相談センター管理者
東京相談室・官公庁・中小企業民間企業等でカウンセリングやコンサルテーションを行うほか、研修講師としてメンタルヘルス・コミュニケーション・ハラスメント等の研修を行うなど、広く産業領域の心理職として活動している。