今、注目されている「ウェルビーイング」。ワークショップや企業研修でもACTを活用されている大月友先生に、2回にわたってご解説をいただきます。 |
ACTにおけるウェルビーイングの考え方
前回の記事でご紹介したように、ACTの主要な目的は、対象者が“豊かで充実した意義のある人生を送る”ことです。支援の目的そのものがまさにウェルビーイングの促進であると言えます。そして、ウェルビーイングの実現としてACTが重視しているのは、「コミットメントと行動活性化」のプロセスです。ACTでは自分の人生で大切にしたい「価値」を明確にし、それに沿った行動に「コミット」していくことがウェルビーイングにつながるという発想を持っています。
ただし、そのような有意義な活動を実行しようとしても、不安や落ち込み、面倒くささなどの心理的な障壁によって行動が妨げられやすいのも事実です。さらに我々人間は、そのような心理的な障壁が生じた際、なんとかコントロールしようと躍起になりがちです。不安にならないように自分に自信を持とうとしたり、落ち込まないようにポジティブに考えようとしたり、頑張ってやる気スイッチを探したり。ただ、このような感情や思考などをコントロールする試みは実はあまりうまくいかず、かえってそこにハマってしまい、行動しにくくなるとACTは考えています。
そのため、そのような障壁に対して「アクセプタンスとマインドフルネス」のプロセスを用います。心理的な障壁にオープンになることによって、コントロールしようとし過ぎて行動できない状態を脱し、コミットメントと行動活性化を促します。このような2つのプロセスを駆使した結果、本人にとって価値に沿った行為にコミットできるようになり、ウェルビーイングが実現されていきます。そして、不安や落ち込み、面倒くささなどの心理的な障壁は、結果として副次的に軽減すると考えています。
こうした背景から、ACTの研究では、症状や心理的問題といったネガティブな側面だけでなく、ウェルビーイングに関するポジティブな側面もアウトカムに設定された研究が進められています。これまでに、ACTは臨床群においても非臨床群においてもウェルビーイングを促進するというエビデンスが示されています(Stenhoff et al., 2020)。
産業分野でのACTの展開
海外を中心として、ACTは産業分野でも展開されています。集団での研修形式での実践が多く行われ、その中でマインドフルネスや価値に沿った行為に関するスキルがトレーニングされています(Flaxman et al., 2013 武藤他訳 2015)。こうした取り組みの中で、ストレスやメンタルヘルス問題の改善、ウェルビーイングの向上、仕事のパフォーマンス向上などへの効果が示されています。
我が国においても、実践が始まっており、集合型研修による心理的支援や個別のカウンセリングで活用されています。例えば、戸澤ら(2021)は管理職向けのACTプログラムの集合型研修の実践を報告しています。
また、著者自身もこれまでさまざまな企業において、集合型研修としてACTを提供させていただきました。その中には、メンタルヘルスの1次予防のためのセルフケア研修もあれば、管理職向けのリーダーシップ研修もあります。従来のCBTやストレスマネジメント研修とは異なり、ACTには個人にとって大切な価値の明確化や目標の設定、行動計画の立案なども含まれることから、予防的側面だけでなく開発的側面も強いのが特徴です。そのため、さまざまな文脈の中にACTの要素を入れやすいと言えます。たとえば、組織開発、安全行動などへのコンプライアンス研修、キャリアコーチングなどへの応用が研究されています(Flaxman et al., 2013 武藤他訳 2015)。
個別のカウンセリングでのACTの活用は、産業分野では2次予防や3次予防、復職面談などの過程で行われています。対面でのカウンセリングで活用していくことも大切ですが、対象者が抵抗を示すこともあれば、カウンセリングの人材確保や費用の問題なども生じます。そこで、心理的支援のアクセシビリティを高めるために、インターネットやアプリなどを用いたセルフケア型の支援(iACT)の展開も期待されています。対象者の状態やニーズに即した心理的支援を展開していくために、今後は支援のバリエーションを増やすことが大切になります。
まとめ
ACTは支援の目的そのものが、対象者のウェルビーイングの促進です。そのため、ウェルビーイングと非常に相性が良い支援になります。産業場面では、集合型研修や個別カウンセリング、iACTなどの展開があります。さまざまな目的の支援にACTの要素を組み込むことが可能であるため、今後さらにいろいろな展開が期待されています。
なお、ACTについてもっと知りたいという方は、産業カウンセラー協会東京支部での講座も用意されていますので、ぜひご検討ください。
大月先生の講座のご案内
◆ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)ベーシック |
引用文献
・「「マインドフルにいきいき働くためのトレーニングマニュアル 職場のためのACT」
(Flaxman, P. E., Bond, F. W., & Livheim, F. 2013 The mindful and effective employee: An acceptance & commitment therapy training manual for improving well-being and performance. New Harbinger Publications)
著:ポール・E・フラックスマン, フランク・W・ボンド, フレデリック・リブハイム
監訳:武藤崇・土屋政雄・三田村仰 2015年 星和書店刊
・戸澤杏奈・土屋政雄・土井卓人・木浦佑輝 (2021).「アクセプタンス&コミットメント・セラピーに基づく管理職向けプログラムの予備的前後比較試験」 認知行動療法研究,47,193-202.
・「Acceptance and commitment therapy and subjective wellbeing: A systematic review and meta-analyses of randomized controlled trials in adults. 」
Stenhoff, A., Steadman, L., Nevitt, S., Benson, L., & White, R. G. (2020).
Journal of Contextual Behavioral Science, 18, 256-272.
(タイトル訳:アクセプタンス&コミットメント・セラピーと主観的幸福:成人を対象としたランダム化比較試験の系統的レビューとメタアナリシス
雑誌名:文脈行動科学ジャーナル(JCBS)18巻 256~272ページ)
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大月友(おおつき とむ) 早稲田大学人間科学学術院准教授。臨床心理士。公認心理師。2002年に筑波大学第二学群人間学類卒業。2004年に新潟大学大学院教育学研究科修了。2007年に広島国際大学大学院総合人間科学研究科修了(博士〔臨床心理学〕;広島国際大学)。2004年より悠学館心理カウンセラー(非常勤),2008年より早稲田大学人間科学学術院助教(2008~2010年),専任講師(2010~2013年)を経て,2013年より現職。訳書に『セラピストが10代のあなたにすすめるACTワークブック』(共監訳,星和書店)『アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)〈第2版〉』(共監訳,星和書店),『関係フレーム理論(RFT)をまなぶ』(分担訳,星和書店),などがある。 |