若い人たちの心の病気について、大人たちが学ぶべきこと 連載②「産業カウンセラーとしての知識や対応について」

2022年10月3日

2022年度から40年ぶりに高校保健体育の教科書で、精神疾患に関する項目が復活しました。思春期の「心の病気」について、精神科医で東京都立松沢病院院長の水野雅文先生へのインタビューを2回にわたりご紹介しています。2回目は産業カウンセラーとしての知識や対応についてのお話です。

 

―― 産業カウンセラーが若い人たちの「心の病気」について、学ぶべき知識、対応等を教えてください。また、産業カウンセラーへのメッセージがありましたら、お伝えください。

精神疾患のある患者さんの数は200万人から400万人と、この18年間で2倍に増えています。病院に来ている人の数以外に、未治療と治療中断の人は数倍いるはずです。WHOでは、先進国でも病気になった人の4人に1人しか医療にかかっていないといいます。残りの人たちは「根性で治す」「病院に行きたくない」といろんな理由で行きません。病気と思っていない人はそう思っているうちに病状が深刻になり、抑うつ状態が悪化し、自殺ということになりかねず、大きな問題です。抑うつがどういう症状か知る、原因は1つではありません。原因はさまざまで特定することはできませんが、日常生活で気を付けられることには注意を向けた方がいいと思います。

また、コロナ禍の母親のメンタルヘルスについて、周産期の女性はものすごく不安です。妊産婦のうつで、産後子どもを産んで、ワンオペになり援助が求められず落ち込み、発見が遅くなって思い余ってしまうことがあります。保健所では、エジンバラスケール(エジンバラ産後うつ病自己評価票)のような産後うつ病のスクリーニングを用いて、新生児のいる家庭を回り、早期発見にも努めています。
気軽にアクセスできるクリニックの看板は外に出るとたくさんあり、知らないわけではないのですが、調子が悪くなると「自分はそんなはずはない、育児中に自分だけさぼっているみたい」と相談する行為自体が良くないと思い込んでしまいます。時には受診を後押しすることも必要です。

学校でも休学までに至らない学生を専門機関に紹介するのは難しい。受診が第一ではありませんが、選択肢の一つとして示しておくことは大事です。

 

―― 思春期に多い「心の病気」として、「うつ病」「統合失調症」「不安症」「摂食障害」の4つをあげられています。最近「大人の発達障害」という言葉をよく耳にしますが、発達障害については含まれないのでしょうか。

大人の発達障害は別です。「発達障害」と言いますが、正しくは神経発達障害といって、脳神経機能の個性を指していると理解するのが良いと思います。脳神経が赤ちゃんの頃から、あるいはもっと前の胎生期からかもしれませんが、神経が形成されていく過程からの特性です。歩ける、言葉がでる程度ではなく、もっと高次な神経機能によって起きています。
注意力や記憶力、一つのことをまとめてやる能力や、対人関係性についての認識や理解が個性的で、基礎にそういったベースのある方が長じて、例えば情報処理できずにうつになりやすいなど、さまざまな精神疾患を併発してきますが、その神経の機能の特性は、身長が高い低いのと同様に皆違います。その幅が非常に広く、どうしても大人になってから「神経発達障害」という診断をしなければならない人はごく限られています。時代によって増えたり減ったりするものでもなく、本来そういう病気ではありません。

しかし、発達障害に世の中の注意が向き出すと、ある側面だけとって「ああいう傾向がある、傾向っぽいね」といった声がたくさん取り上げられ、裾野が広がっていきます。例えば、有名な注意欠陥・多動性障害は、小さい頃は教室の中で授業中に立ち歩く程度で多動が注意されても、小学校の高学年になるころにはいつの間にかちゃんと座るようになるし、中学生ぐらいになると、神経発達障害の特徴がそのほかのことでかき消されていく方が多いのです。
いったん目立たなくなりますが、社会に出て、課題が高負荷で大きくなってきたりと、環境が激変すると対人関係はじめさまざまなトラブルを抱えだし、そこで次のさまざまな精神疾患の特徴を出してきます。

うつを訴えてきた人によく話を聞くと、個性的で集団になじみにくかったり、周囲に合わせて行動するのが極端に苦手な人であったりすることに気づきます。以前はその人の行動面の特徴で、個性として済んでいたことが、社会人として組織の中で動こうとすると、さまざまなトラブルが発生する。保険診療機関では、発達障害に関係する心理検査をするには、仮にも診断名を付けなければ実施できないので、発達障害に関連する検査をしましょうと説明すると、やっぱり発達障害だった、と早合点する人もいます。

診断上大事なことは、子どもの頃のデータを基に判断することであって、大人になってからの行動特徴だけで決める病気ではないのです。母子手帳と小学校低学年の通信簿は、持ってきてもらわないと分かりません。「私はよく見てました」という親御さんに限って見ていただけで観察はしてないんです。小さいころの様子を聞いてもよく分からなかったりします。つかまり立ちをしたところまでは覚えているけれど、その後の生育や成長については記憶があいまいだったりします。日本の母子手帳は素晴らしい機能で記録されるから、そこで発達が遅れていたかどうか分かります。通信簿は小学校低学年の成績を見るのではなく、反対側のページの「今学期はいきもの係を頑張りました」と書かれている欄、行動の記録を見ます。そうすると行動面で、小学校2,3年までどんな子だったか誰に話を聞くよりもよく分かります。結果、本当に発達障害だったかどうかがやっと立証されて、本物かどうか分かるんです。

思春期の子どもたちにぜひ知って欲しい疾患としては、むしろ摂食障害が挙げられます。やせや過食など、身体や行動面が特徴的で、精神疾患といわれてもピンと来ないかもしれません。ほんの少しのダイエットのつもりで始めたことから過食・嘔吐の繰り返し、著しいやせ、無月経、多動等の症状がありますが、ボディーイメージの障害が生じて、本人は病的なやせについても正しい認識が持てなくなります。時には命にかかわる病気ですので、高校生と言わず、中学生にも教えたいくらいです。

アルコール、薬物依存は別の単元でもともと入っています。ネットゲーム系やギャンブルは入っていません。昼夜逆転など生活リズムの障害や、ゲームの課金問題もあり、節度を持ってほしい。教科書によっては、あの四疾患のほかに2つ3つ加わっている教科書もあります。

 

~取材を終えて~

最後に精神保健教育資材を配信するウェブサービス「こころの健康教室サニタ」について伺いました。2018年に日本医療研究開発機構(AMED)の研究費で制作された、専門家・研究チーム・教育現場をつなぐICTプラットフォームです。
アニメ(精神保健概論・うつ病・統合失調症、不安症、摂食障害)や当事者インタビュー、授業実施校インタビュー動画など、高校の先生や生徒はもちろん、産業カウンセラーの皆さまにもぜひ見てほしいサイトです。
水野先生の取材を通じ、若い人たちが精神疾患を学ぶ必要性、そして大人たちも精神疾患に対する正しい知識を学ぶ重要性を感じました。

サニタ|こころの健康教室 (sanita-mentale.jp)

※サニタ(sanita)とはイタリア語で、健康、保健、健康に役立つこと、心の健全さという意味があります。

 

水野 雅文 東京都立松沢病院院長

1961年東京都生まれ。精神科医、博士(医学)、慶應義塾大学医学部卒業、同大学院博士課程修了。イタリア政府国費留学生としてイタリア国立パドヴァ大学留学、同大学心理学科客員教授、慶應義塾大学医学部精神神経科専任講師、助教授を経て、2006年から21年3月まで、東邦大学医学部精神神経医学講座主任教授。21年4月から現職。
著書に『心の病気にかかる子どもたちー精神疾患の予防と回復―』『心の病、初めが肝心』(朝日新聞出版)、『ササっとわかる「統合失調症」』(講談社)ほか。

取材/古満美千子・脇田直子 文/古満美千子 校正/脇田直子・河内泰子 写真/初鹿野愛子

水野雅文先生 特別講演会のご案内

「カウンセラーが知っておくべき心の病の早期発見・早期治療について」
【開催日時】2023年2月12日(日)14:00~17:00
【会場】オンライン(Zoom)
お申込みはこちら↓
https://www.counselor-tokyo.jp/course/2022-0212kt-002

 

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