若い人たちの心の病気について、大人たちが学ぶべきこと 連載①「若い人たちの精神疾患の現状と、親として、大人としての課題」

2022年9月12日

2022年度から40年ぶりに高校保健体育の教科書で、精神疾患に関する項目が復活しました。思春期に多い「心の病気」について、精神科医で東京都立松沢病院院長の水野雅文先生にインタビューを行いました。その様子を2回にわたりご紹介いたします。

 

―― 精神疾患を抱えている患者さんの数は1999年204万人、2017年419万人と18年間で約2倍に増加(厚生労働省患者調査)、小中高生の自殺者数は2016年289名、2020年409名とコロナ禍で急増しました。コロナ禍以前、コロナ禍の中で、若い人たちを含む精神疾患について、今、どのような状況でしょうか。

精神科に限らず全体的に、コロナ禍で病院への受診抑制がかかって、通院者数は減っています。最も分かりやすいのは、定期検診の受診者数が減っています。例えば悪性腫瘍の方が検診を受けずにがんが発見されないと、対応が遅れて重症化することになります。

精神疾患についても早く受診をしてほしいのですが、「病気じゃないから、そのうちおさまる」「通院せずに回復するだろう」と病院に行きづらいことを自己弁護して、受診が遅れていきます。コロナ禍で楽しみにしていた行事がなくなり、学校で友達と話せないなど、ストレスや不安が高まって未来への希望がなくなっています。情報が乏しい中で、病気までいかなくとも、若い人たちにとって必要以上に不安感や抑制感が強まっています。その結果、学校が再開しても行きづらくなったり、普段とは違う不健全なコミュニティとの連絡がとれてしまうこともあります。

ずっと家にいることで、家庭内でのさまざまな軋轢も強くなっています。若い人たちや女性たちに皺寄せが行き、子どもたちを含めて大きな問題になっています。病院まで行かなくても、近場の相談機関への相談や、電話・メール相談が増えており、そのような機関で働く人たちは、それをひしひしと感じているのです。普段の生活が維持できなくなっている、やり場がない人たち、行き場がない人たちへのダメージが大きくなっている状況です。

日本から海外へ、夏休みを利用した語学研修やホームステイのような短期滞在が減りました。現在は、行動が制限されて、海外旅行、海外留学、海外研修が止まっています。体験の機会が減っているから、良いことも悪いことも時間が止まっているのです。出会いやイベントなど成長のきっかけとなる機会が少なく薄くなって、生活経験ができずに精神的成熟が遅れる人が増えています。行事はやって来るのに体験が薄く、精神面での成長の機会が奪われています。

 

―― 2022年度から新学習指導要領に基づき、40年ぶりに高校保健体育の教科書で、精神疾患に関する項目が復活しました。なぜ今、若い人たちが「心の病気」を学ぶべきなのでしょうか。

教科書への掲載の必要性は感じていました。
2014年に国際早期精神病学会に合わせた日本精神保健・予防学会の市民公開講座で、教育評論家の尾木直樹先生(https://ogimama.jp/profile/)に特別講演をしていただきました。日本では、精神科医療の有志が出前授業で1コマか2コマでボランティアに出向くだけで、精神疾患の授業はありませんでした。学習指導要領に入っていないと心の病気について教えられないからです。指導要領に入ることが、全国一斉に公教育として漏れなく授業ができる一番の早道と、尾木先生に教えていただきました。

一方で、中央教育審議会でも、現代的な健康教育を検討する際、今日的な課題として新しく盛り込む授業の中身で、若い人たちの心の健康問題が深刻であることが指摘されていました。その時代の社会によって課題は変化します。学習指導要領の改訂において、精神疾患は一つの項目として検討され、どういうことを教えるとどういう成果があるのかといったヒアリングの機会があった際に、若い人たちの自殺やうつとともに早期発見、早期治療の重要性が大きな課題になっており、やはり授業で教えるべきだということになりました。

小学生には心のあり方、脳の働き、気持ちの動きを、中学生にはストレス対処を、高校生には精神疾患と社会のあり方という切り口で予防と回復を教えます。小中高で単元を積み上げて、授業項目は重ならず繰り返されないようになっています。イギリスでの研究によれば、身体の病気は5歳くらいから、心の病気は10歳くらいから認識できるという報告があります。例えば白血病の子どもから「抗がん剤の辛い治療をどうして受けなきゃいけないの?」と問われ、病気の治療のためということを含めて理解できるのは5歳からと言われています。学校の授業で、理科や生物で脳や心臓を学ばないと、保健で心の病気は学べません。脳はどこにあり、心臓はどこにあると学んでから、体の病気と心の病気を学びます。授業時間は決まっており、何かを入れると何かを外さなくてはいけません。

精神疾患は10代後半から罹患します。生涯でおよそ4人に1人が、何らかの精神疾患に罹患すると言われていますが、25歳くらいまでに約75%が発症し、思春期後半に発症のピークがあります。ピークと重なる高校保健体育の授業で精神疾患を学ぶことは、早期発見や回復につながる体制の大きな前進だと思います。

 

―― 「心の病気」について子どもたちは学びますが、まわりの大人たち(親、教師、上司、仲間)の知識不足が原因で、対応が遅れることがあるかもしれません。大人たちの課題について教えてください。

精神病、精神疾患という言葉からして、正体が不明なものとして遠ざけることになってしまいますが、子どもが勉強するこの機会に、大人もキャッチアップしてほしい。メンタルヘルスについて、およそ4人に1人は誰もが疾患になる可能性があることを、誰もが何かのきっかけで知識を持ってほしいです。身のまわりに調子が悪い人、病院に行った人がいれば我が事になりますが、一般的に無関係の人は、市民公開講座にはやって来ません。関係ある人は詳しい情報を得る道筋がありますが、関係ない80%くらいの人に関心を向けさせることはとても難しいのです。健康診断さえも「健康なのになぜ1年に1度受けなければならないのか」と身近な問題として捉えられないのです。

親世代の人たちに、心の病気をどうやったら知ってもらえるのかということは大きな課題です。すべてを知ることではなくて、自分のお子さんがハイリスクな気配がないかと注意を向けることです。最初から全部学ぶというよりは、目の前の子どもたちにどう注意を向けるか、相談を受けた時にどう対処するか。まずは「まさかうちの子が…」で始まらないように、どういう病気があるのか知っていただくことが大事です。立ち話ではなく、大人として向き合ってちゃんと聞くということが大事なのです。

※ご紹介 サニタ|こころの健康教室 (sanita-mentale.jp)

 


出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000940708.pdf

水野 雅文 東京都立松沢病院院長

1961年東京都生まれ。精神科医、博士(医学)、慶應義塾大学医学部卒業、同大学院博士課程修了。イタリア政府国費留学生としてイタリア国立パドヴァ大学留学、同大学心理学科客員教授、慶應義塾大学医学部精神神経科専任講師、助教授を経て、2006年から21年3月まで、東邦大学医学部精神神経医学講座主任教授。21年4月から現職。
著書に『心の病気にかかる子どもたちー精神疾患の予防と回復―』『心の病、初めが肝心』(朝日新聞出版)、『ササっとわかる「統合失調症」』(講談社)ほか。

取/古満美千子・脇田直子 文/古満美千子 校正/脇田直子・河内泰子 写真/初鹿野愛子

水野雅文先生 特別講演会のご案内

「カウンセラーが知っておくべき心の病の早期発見・早期治療について」
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