カウンセラーが知っておきたいお金の法律問題①「貸したお金を返してもらうための3つのハードル」

2023年5月2日

産業カウンセラーの皆さんは、さまざまな相談を受ける中で、お金のトラブルについて聴くこともあると思います。そんなとき、お金に関する法律知識を持っていると、より深く悩みに共感したり、適切なリファーをしたりすることができるでしょう。
この連載(2回)では、お金に関する法律問題を、トリさんが解説します。

【登場人物】

イナバさん…お人よしの社会人1年生、アイドルの推し活が趣味
トリさん…ドーナツとフルーツが大好物の弁護士

【事例】
イナバさんは、人気アイドルグループ「KUROUSAGI」の推し活が趣味です。あるとき、コンサートでたまたま隣にいたキツネさん(地方からコンサートのため上京)と意気投合して、帰りに居酒屋で盛り上がりました。お会計をしようとしたところ、キツネさんから「財布をなくしちゃった! どうしよう、宿泊代も帰りの飛行機代もない!」と泣きつかれました。イナバさんは、「それなら貸してあげるよ!」とキツネさんへ5万円を渡して、LINEを交換してその日は解散しました。
その後、キツネさんから特にLINEがなかったので、イナバさんから「あのときの5万円、返してもらえますか?」とメッセージを送りましたが、既読にもなりませんでした。

イナバ「トリさん、私、お金を返してもらえますよね? 私は間違っていないですよね?」

トリ「はい、お金を貸し借りしたことが事実でしたら、イナバさんは、法律的にお金を返してもらう権利があります。もしキツネさんが最初から返すつもりがなかった場合は詐欺になりますが、当然、返してもらう権利はあります。キツネさんの立場からすると、法律的に返す義務がある、ということになります。」

イナバ「あー、よかった。友達に相談したら、『返ってくるわけないじゃん、だまされるアンタが悪い』って怒られて。トリさんに太鼓判を押してもらえて安心しましたよ。」

トリ「ただ、相手が当然払ってくれるわけではありませんよ。」

イナバ「え?どうしてですか?」

トリ「世の中、法律的に返す義務があるからといって、素直に従う人ばかりではありません。法律的な義務に従わない場合は、裁判を起こさなければなりません。」

イナバ「それならぜひ訴えて、ギャフンと言わせてください!」

トリ「簡単にギャフンと言ってくれればいいのですが… 3つのハードルがあるのですよ。」

イナバ「3つも!?」

◆ハードル① 相手の住所

トリ「まず、1つめのハードルは、相手の住所が分からないと裁判ができないことです。」

イナバ「キツネさん、□□県から来たと言っていましたが、本当かどうか分からないし… あー!LINE交換したから、住所を調べることはできないのですか?」

トリ「残念ながら、脅迫など明らかな犯罪行為でない限り、LINEの運営会社は情報を教えないようです。教えてもらえるとしても、住所ではなく携帯番号になりますので、携帯番号からさらに住所を調べる必要があります。」

イナバ「そんな(涙)。」

◆ハードル② 証明

トリ「次のハードルですが、仮に住所が判明して、裁判を起こしたとしても、相手が意地悪をしてお金を借りたことを認めなければ(法律用語で『否認』と言います)、訴えた側で、お金の借り貸しがあったことを証明しなければなりません。」

イナバ「証明と言われても… 例えば、どんなものがあればいいのですか?」

トリ「借用書があれば一番いいですが、そんなにキチっとしたものでなくても構いません。メールやLINEで『貸します』『借ります』というやり取りが残っていれば大丈夫です。また、大きなお金であれば、銀行口座から送金した記録も、1つの証拠となります。知人間で多額のお金を無償であげることは通常あり得ない、裏を返せば貸したことが推定される、ということです。」

イナバ「うーん、帰り際に5万円を手渡ししただけだから、何も証明できるものはないです…」

◆ハードル③ 回収可能性

トリ「最後のハードルですが、仮に裁判で貸したことが証明できて、裁判で勝ったとしても、実際にお金を取り戻せるかどうかは別問題です。」

イナバ「え?意味が分かりません。」

トリ「残念ながら、裁判所がサービスで相手からお金を取り立ててくれるわけではないのです。裁判に勝ったら強制的な取り立て(差し押さえ)をするお墨付きをもらえるだけなのです。次のステップとして、相手の財産を探し当てて、改めて裁判所に差し押さえを申し立てなければなりません。」

イナバ「相手の財産を探し当ててと言われても…どうやって探すのですか?」

トリ「実際には相当難しいですね。不動産を持っていれば話は別ですが、そうでない場合、相手の銀行口座(どこの金融機関か、どこの支店か)を調査しなければなりません。」

イナバ「そんなの分かりませんよ(涙)。」

トリ「裁判所を通じて金融機関に照会をかける制度もありますが、100以上ある全国の金融機関に一斉照会してくれるわけではなく、照会をかける銀行を指定しなければなりません。また、興信所を使う方法もありますが、お金も結構かかります。さらに、仮に口座が見つかっても、残高がゼロでは意味がありません。」

イナバ「聞いていて頭が痛くなってきました…」

トリ「そうですね、法律家としてこんなことを言うのは心苦しいのですが、『法律的に正しい(返してもらう権利がある)』というのと『実際に返してもらえる』というのは別問題なのです。」

イナバ「はい…これからは気軽にお金を貸さないように気を付けます。帰って大好きな『KUROUSAGI』の曲でも聴いて、ストレス解消します!」

※次回連載へ続く(2023年6月更新予定)

 

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<文>
弁護士・産業カウンセラー
鳥飼康二

 

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