コロナ時代に知っておきたい労働法の知識①「ハラスメントは誰を基準にして判断するの?」

2021年7月5日

コロナ時代の中で、産業カウンセラーの皆さんは、これまで経験したことがないような相談(応用問題)に対処することが求められています。この連載では、応用問題に対処するためのヒントになる労働法の基本知識を、対話形式でお伝えします。

【登場人物】

ウシさん…民間企業の人事部に在籍する産業カウンセラー
トリさん…マラソンが趣味の弁護士

◆ハラスメントは受け手が基準じゃないの?

ウシ「トリさん、トリさん。新入社員から、ハラスメントの通報があったのですけど、どう対応してよいか分からなくて…」

トリ「どんな通報だったのですか?」

ウシ「それが、オンライン飲み会で新入社員歓迎会があったらしいのですが、そのとき、先輩社員から『君はヒレというよりロースだね』と言われて、とても傷ついたと。これは重大な『ウシハラ』だから社内のハラスメント窓口へ通報しますと。」

トリ「私はよく『焼き鳥にして食っちまうぞ!』と『トリハラ』されますが、何とも思わないですよ。」

ウシ「トリさん、メンタル強い!」

トリ「ところで、最近、『コロハラ』や『リモハラ』なんて言葉を聞きますが、ハラスメントは誰を基準にして判断すると思いますか?」

ウシ「えーと、やはり本人の感情をしっかり受け止める必要があるので、本人が基準でしょうか…」

トリ「間違ってはいませんが、対応する場面によって考え方が変わってきます。」

ウシ「対応する場面といいますと?」

◆法的判断の場面では「一般人」が基準

トリ「カウンセリングの場面では、本人を基準として、しっかり受容することが求められます。一方、何らかの責任問題を追及する場合は、一般人が基準となるのです。例えば、厚生労働省によると、労災の場面では、パワハラなどの心理的負荷(ストレス)の強度は、『精神障害を発病した労働者がその出来事とその後の状況を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価します』とされています。」

ウシ「確かに言われてみれば、本人を基準とすると、すべて労災になるはずですが、実際にはそうなっていないですよね。労災はなかなか認められないと聞いたことがあります。」

トリ「はい、そのとおりです。最近改正されたいわゆるパワハラ防止法、マタハラを規制する育児介護休業法も、本人を基準としているわけではありません。」

ウシ「どうして本人を基準としないのでしょうか?」

トリ「責任の種類として、道義的責任と法的責任がありますが、法的責任は、国家権力による強制力を伴うことが多いため、客観性が求められるのです。例えば、ハラスメントは傷害罪や脅迫罪などの刑事責任にも問われますし、慰謝料などの民事責任にも問われます。刑事責任では、国家権力による刑事罰、民事責任では国家権力による財産差押えができるので、それを適用されるためには、慎重に客観的な基準で判断しなければならないのです。」

ウシ「一口にハラスメントと言っても、対応する場面によって扱いが異なるのですね。」

トリ「はい、そのとおりです。もう少し具体例で説明すると、例えば、職場で上司から『もういい年なんだから早く結婚した方がいいよ』と言われ、本人が嫌な思いをすれば、セクハラに該当します。」

ウシ「立派なセクハラです! 私も言われたことあって、すごく嫌な思いをしました。」

トリ「そうです、すごく嫌な思いしますよね。ただ、直ちに法的責任が発生するかというと、それは別問題となります。この場合は、上司および会社に職場内で注意を受ける、再発防止に取り組むなどの責任は発生するけれども、強制力を伴う法的責任(民事賠償、刑事処罰)までは問われません。」

ウシ「え?このセクハラ発言で、法的責任は問われないのですか?」

トリ「そうなんです。強制力を伴う損害賠償(慰謝料)の対象となるのは、身体に触れるなど悪質なセクハラの場合です。また、労災の認定基準では、セクハラを原因として労災が認められる(労災認定基準の「強」に該当する)ためには、『胸や腰等への身体接触を含むセクシャルハラスメントであって、継続して行われた場合』が必要とされています。したがって、1回身体に触れられた場合は、慰謝料の対象にはなり得ますが、それによってうつ病になって会社を休職してしまったとしても、労災として認定されるのは難しくなります。」

ウシ「道義的責任を負うけど法的責任は負わない。なんだかモヤモヤしますね…」

トリ「確かに、パッと理解するのは難しいですね。一方、無理やり身体を触るなどのセクハラの場合は、もはや民事責任に留まらず、強制わいせつ罪として刑事責任も問われ得る事態となります。このように、一口にハラスメントと言っても、その内容や度合いに応じて、問われる責任が異なってくるのです。」

ウシ「何となく分かってきました。産業カウンセラーは、ハラスメント被害の相談を受けたとき、相談者の感情に寄り添うと同時に、どのような責任問題が発生するかを客観的に判断する必要があるのですね!今回の通報は、法的責任は問題にならないと思いますが、それとは別に、新入社員の話をよく聴いて、会社側とも協議して、慎重に対応します。」

※次回連載へ続く(9月更新予定)

~これまでの鳥飼先生の連載コラムのご紹介~

産業カウンセラーに役立つ著作権の知識 連載①「そのレジュメ、大丈夫ですか!?」
産業カウンセラーに役立つ著作権の知識 連載②「著作権法違反にならないための方法とは?」

<文>
弁護士・産業カウンセラー
鳥飼康二

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