コロナ時代に知っておきたい労働法の知識②「新しい問題への対処法 テレワーク命令の有効性」

2021年9月6日

コロナ時代の中で、産業カウンセラーの皆さんは、これまで経験したことがないような相談(応用問題)に対処することが求められています。この連載では、応用問題に対処するためのヒントになる労働法の基本知識を、対話形式でお伝えします。

【登場人物】

ウシさん…民間企業の人事部に在籍する産業カウンセラー
トリさん…マラソンが趣味の弁護士

◆会社の一方的命令は有効?

ウシ「トリさん、テレワークについて聞いてもいいですか?」

トリ「はい、どうしましたか?」

ウシ「うちの会社では、コロナ禍をきっかけに、全社的にテレワークを推進していたのですが、コロナ禍が収束した後も、テレワークを維持しようということになりそうで。」

トリ「そういう企業も多いと聞きますね。」

ウシ「ところが、社員に意見を聞いたところ、通勤がなくなって楽だから賛成という人もいれば、プライベートと区別するのが難しくて体調も崩しやすいから反対という人もいて。」

トリ「なるほど、現場ではいろいろな意見があるのですね。」

ウシ「そうなんです。そもそも、会社が一方的にテレワークを命じることってできるのですか?」

トリ「これは新しい問題で、法律的にさまざまな見解が出ています。会社が一方的に命令できるという見解、従業員の個別の同意が必要という見解、就業規則に基づいてできるという見解などです。」

ウシ「うーん、個別の同意を取るのは大変なので、就業規則にテレワーク命令規定を盛り込むのが無難でしょうか。」

トリ「そうですね、所定の改定手続きを経て、就業規則に盛り込めば、会社はテレワークを命じることができます。ただし、どんな場合でも命令が有効になるとは限りません。」

ウシ「え?有効にならない場合があるのですか? 就業規則は『会社と従業員の契約条項』と聞いたことがありますよ。契約は守らなければならないですよね?」

トリ「もちろん、契約は守らなければならないのですが、会社と従業員の契約(労働契約)は、通常の契約とは異なる解釈が必要なのです。」

ウシ「どういうふうに異なるのでしょうか?」

トリ「まず、原則を確認しますね。労働契約は、端的に言うと、会社側は給料を払う、その代わり従業員は決められた時間内は会社の指揮監督下に入る、という契約です。普段はあまり意識しないと思いますが、契約というのは、本来、自由で対等な関係で結ぶことになります。自由で対等な契約関係ですから、契約条件(労働条件)は双方が合意して決める、ということになります。」

ウシ「自由で対等といっても、『社畜』という言葉があるように、現実的には、対等な関係とは言い難いですよね… 採用面接のときに、面接を受ける側からアレコレ条件を提示するのも勇気が要ります。」

トリ「そうですね、表面的には双方が合意したように見えても、実態としては、労働者側は納得していなくて、会社側が提示する労働条件を飲まざるを得ないことが多いです。一般的に労働者の立場が弱いことは、歴史的にも証明されています。」

ウシ「本で勉強したことがあります。」

トリ「また、労働契約は、単にお金の問題ではなく、私生活や人格形成にも影響を及ぼすという特殊性があります。大ざっぱに言うと日常生活の3分の1の時間を労働に提供することになりますし、働くということは、その人の生き方や価値観にも影響を与えます。」

ウシ「生きがいや人生設計にもつながる、ということですね。」

◆労働法は労働者保護を規定

トリ「ええ、こういった労働契約の特殊性から、雇用や労働に関する法律は、自由で対等な契約関係を修正して、労働者側を保護するように規定されています。例えば、最低賃金より低い賃金で合意したとしても、その合意は無効となります。また、契約期間が1年と定められていても、状況によっては更新しないことが違法となります。」

ウシ「すると、仮に『会社はテレワークを命じることができる』と個別の労働契約や就業規則で合意しても、修正される可能性があるということでしょうか?」

トリ「はい、そのとおりです。類似の状況として、転勤命令や異動命令の有効性についての議論があります。」

ウシ「えーと、本で勉強しました。確か、就業規則に転勤や異動を命じる規定があったとしても、必要性がない場合、不当な目的である場合、従業員の不利益が大きい場合は無効ということですよね?」

トリ「はい、ネットで『東亜ペイント事件』と検索すれば出てきますが、最高裁判例がそのように判断基準を示しました。」

ウシ「そうすると、テレワークの命令も、同じような基準で判断される可能性がある、ということですね。」

トリ「そうですね。例えば、パソコンを使う仕事で、コロナ禍前から既に一部テレワークを取り入れていた会社であれば、必要性は肯定されるでしょう。一方、必要性はあっても、他の従業員と隔離するためという嫌がらせ目的であったり、テレワークをすると精神状態に重大な悪影響が出る場合は、テレワーク命令は無効になる可能性があります。」

ウシ「なるほど。テレワークのような新しい問題を考えるときは、労働法の深い理解が必要になりますね。もっと本で勉強してみます!」

※次回連載へ続く(11月更新予定)

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産業カウンセラーに役立つ著作権の知識 連載②「著作権法違反にならないための方法とは?」

<文>
弁護士・産業カウンセラー
鳥飼康二

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