労働人口が確実に減少し、中高年には70歳までの就労継続が求められています。 中高年も、老後不安もあり働き続けたい。しかし働く環境が急激に変化、効率優先が厳しく求められるなか、ついていけない人たちも大勢います。産業カウンセラー・キャリアコンサルタントとしてその人たちをどう支援すればよいか、法政大学キャリアデザイン学部教授 廣川進先生に2回にわたりご執筆いただきます。 |
さまざまな思いが入り混じるミドル・シニアの転機の支援のコツについて
連載第1回では、まずはこれまでの仕事人生のストーリーを聴かせてもらいながら、労(ねぎら)う、労(いたわ)る、リスペクトの気持ちで聴くことが基本であることをご紹介しました。
その上で、第2回の今回はキャリアコンサルタントが支援するときのヒントになりそうな概念を紹介します。
1)縮小型ジョブ・クラフティング、2)適応的諦観、3)統合的人生設計の3つです。
1)縮小型ジョブ・クラフティング
「ジョブ・クラフティング」とは、やらされていた仕事を自らやりがいのあるものにするためにタスク、関係、認知などの観点から捉え直す概念のことです。通常は拡大、昇進など「拡張型ジョブ・クラフティング」として知られていますが、マイナスの要素に捉えられがちだった「縮小型ジョブ・クラフティング」もシニアのモチベーションにはプラスの影響があることが示唆されています。
縮小型ジョブ・クラフティングには以下のような項目があげられます。
◯人間関係づくり ・私は、職場で仲の悪い人との関わりを極力減らした。 ・私は、自分が気持ちよく働ける人としか関わらないように、仕事を変えてみた。 ・私は、職場で新しい人に会わなければならない状況を避けるようにした。 ◯スキルづくり ・私は、仕事において、ある特定の専門分野を維持することに力を注いだ。 ・私は、自分の仕事の中で、マイナスの結果を防ぐためのスキルを身につけようとした。 ・私は、自分の仕事の中核となる分野の知識を常に身につけるようにした。 ◯タスクづくり ・私は、自分の担当する仕事の範囲を積極的に縮小した。 ・私は、自分の担当する仕事の一部を簡略化するようにした。 ・私は、自分の仕事の一部を精神的に軽くしようと努めた。 ◯認知づくり ・私は、自分の仕事の良い部分に心を集中させ、嫌な部分は無視するようにした。 ・私は、自分の仕事のさまざまな要素を評価して、どの部分が最も有意義であるかを判断した。 ・私は、自分の仕事を「全体」としてではなく、「個別の仕事の集合体」として考えるようにした。 |
2)適応的諦観
認知行動療法の新しいアプローチとしてもマインドフルネスが注目されています。それと密接なのが「アクセプタンス(受容)」で、「嫌悪的な状況に対する自分の反応をそのままにしておくこと」です。これは仏教の諦観、あきらめとつながってきます。「あきらめる」とは置かれている状況を「明らか(クリア)に」「見きわめる」ということでもあります。ストレスコーピングの対処法の視点からも「あきらめ」型のコーピングとしての適応的諦観は、楽観性を取り入れたレジリエンスの一種として精神的健康の回復に役立つという研究が出てきました。役職定年などで、もっと上に行けなかったと葛藤することよりも、精神的健康にとって「程よいあきらめ」は必要なことかもしれません。
適応的諦観の因子には以下のようなものがあります。
・失敗してもなんとかやっていける気がする。 ・嫌なことがあってもなんとかなる気がする。 ・うまくいかなくても何かしら意味があると思う。 ・うまくいかないことがあっても仕方がないと思える。 ・自分に弱点があってもまあいいかと思える。 ・自分にとって何が大切か気づいている。 ・周りに頼ることがあっても良い。 ・自分には自信を持つべきだ。 ・自分の強みを意識するようにしている。 ・嫌なことでもましな面を探すようにしている。 |
3)統合的人生設計
1)の縮小、2)の諦観とダウンサイジングや喪失を受容する認知や行動を取り入れる観点を紹介しましたが、失った空白、空虚感は何か仕事以外のもので埋めることにより、さらなる充実感、有意味感を感じることにつながるでしょう。人生全体の視点を取り入れることにより、ミドル、シニアの人生の再設計(リデザイン)が促進されることでしょう。
ここではキャリアコンサルタントの教科書に必ず載っているサニー・ハンセンの「統合的人生設計(4つのL)」の考え方と、それを踏まえて私が考案したフォーマットをご紹介します。
人生の4つの役割(4L)
1. 仕事(Labor) 2. 学習(Learning) 3. 余暇、自由時間(Leisure) 4. 愛(Love)。
これら4つの役割が、キルト(パッチワーク)のように織りなしていて、それら全体で一つの生活、人生を形成するという考え方です。
さらに統合的な「キルト」を完成させるための6つの重要課題を上げています。
① グローバルな視点から仕事を探す→インターネットの普及で世界中とつながる時代。
② 自分の人生を”有意義な全体”として織り上げる→働く価値観の多様化。終身雇用崩壊、個々の考え方やプライベートを重視。
③ 家族と仕事を結び付ける→ワークライフバランス、女性の社会進出、男性の子育て参加など。
④ 多様性と包括性を重んじる→外国人材の増加、ダイバーシティ、ジェンダーフリーへの理解。
⑤ 内面的な意義や人生の目的を探る→環境への配慮やSDGs。企業の社会的責任への比重が増す。職場を選ぶ上で、企業と自分の価値観の重なりを重視。
⑥ 個人の転機と組織の変革に対処する→転職が当たり前の時代。フリーランスや副業も増え、個人と組織の関わりが変化。
引用:【とにかく明るい】キャリアコンサルタントの元気がでるブログ。「ハンセンの統合的人生設計(ILP )」統合的な「キルト」を完成させるための6つの重要課題(https://www.careerconsultant.me/entry/2020/02/27/004510)
リデザインのための「総合的人生設計シート」
こうしたハンセンの枠組みを頭に入れながら、私が考案した「統合的人生設計シート」をご紹介します。9分割したフォーマットの中心には氏名、現在の年齢、全体を記入後に思い浮かんだキャッチフレーズを記入します。8つの区画は家族(親・パートナー・子等)、地域コミュニティ、仕事、自分(遊び、学び、生きがい)に分けてあります。点線の内側は現在の年齢と現状を書き、外側には区切りとなる◯年後◯歳と自分で自由に設定し、その時点でどうなっていたいのか、理想、夢、あこがれ、ビジョンを膨らませます。私の記入例をご参照ください。
このフォーマットを使うと、人生で主要な8つの領域について、現在と未来に分けて1つの紙にまとめて眺めることができます。そこからいろいろ思い浮かんだり、区画を越えてつながりが見えてきたり、家族や同僚で一緒に話し合いながら、書いたり、発表したりと、いろいろ使い途があります。
シニア層は年齢的には仕事の面ではダウンサイジングが進むことは受け入れざるを得ませんが、喪失していく部分の空虚感を仕事以外の何かで埋めて、満たしていく必要があります。そのときにライフ全体の観点から再設計、人生のリデザインをはかることはミドル・シニアの統合的な支援において必要な事になっていくでしょう。キャリアコンサルタントはそのためのマインドセットと支援スキルを準備しておくことで、よき伴走者たり得るのではないでしょうか。
参考文献
・Uta K. Bindl(2019)”Job Crafting Revisited: Implications of an Extended Framework for Active Changes at Work”.Journal of Applied Psychology. 2019, Vol. 104, No. 5, 605–628.
・岸田泰則(2022)『シニアと職場をつなぐ ジョブ・クラフティングの実践』 学文社
・菅沼 慎一郎(2018)「精神的健康における適応的諦観の意義と機能」『心理学研究』第89巻第3号pp.229–239
廣川 進
法政大学キャリアデザイン学部教授(文学博士)
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