フォーカシング最前線 ~深く傾聴する、深く考える~ 連載①「深く傾聴する~縦横無尽にフォーカシングを活用する~」

2023年3月7日

産業カウンセラーの受験にあたり、大学で公認心理師受験に必要な単位のうち17科目を修得すれば、受験資格を得られることをご存知ですか。その科目は座学中心で実技指導を含まないため、末武康弘先生は学生に向けて「フォーカシング」を活用した傾聴のトレーニングを実施されています。
フォーカシングの創始者であるジェンドリンについても、40年近く交流・研究され、理論や哲学を臨床現場で実践されている末武先生に、トレーニングのエッセンスをはじめ、2回にわたりご執筆いただきます。

大学で「傾聴ラボ」のトレーニングにフォーカシングを活用中

2022年度より、各大学で開講されている公認心理師のカリキュラムのうち日本産業カウンセラー協会が指定する17科目の単位を取得すると、産業カウンセラーの受験資格が与えられることになりました。私も勤務する大学で公認心理師のカリキュラムに携わっていますが、同時に、間接的にではあるものの産業カウンセラーの養成にも関わることになりました。
とは言っても、大学で受講する17科目は講義による座学が中心で、協会の各支部で行われているような実技指導は含まれていません。単位を取得して産業カウンセラー試験を受験したとしても、学生たちが実技試験で合格するのはなかなか困難でしょう。

そこで数カ月前より、大学内で実験的に課外講座「傾聴を身につけるトレーニング・ラボラトリー(略称「傾聴ラボ」)を始めて、臨床心理学科の10数名の学生を対象に傾聴のトレーニングを行うことにしました。
「傾聴ラボ」のトレーナーは大学の近隣にお住まいのM氏(フォーカシングとインタラクティブフォーカシングの専門の方)と私です。トレーニングの内容の多くはM氏の知的所有権に関わるので、その詳細はここではお伝えできませんが、この「傾聴ラボ」はフォーカシングの特質を活かしたユニークなトレーニングだと言えます。

以下にそのエッセンスを紹介したいと思います。これは、フォーカシング(インタラクティブフォーカシングやホールボディフォーカシングなども含む)を縦横無尽に活用しながら、より深い、そしてより共感的な傾聴を体験的に学び合うものです。

深い傾聴のためのトレーニングのエッセンス

1. ウォーミングアップ:からだほぐし、静かな瞑想、ゆっくりとした深い呼吸、グラウンディング(大地に根ざす姿勢)、ボディスキャン(からだの各部位の感じを確かめる)、クリアリング・ア・スペース(気がかりと適切な間をとる)などによって傾聴のための清浄な心身のスペースをつくり出します。

2.感じる実習:近づく実習(ペアの相手と大丈夫な距離まで近づく)、写真や絵画などを見て感じる実習、音楽や詩や文章を聞いて感じる実習、触感や匂い・香りや味わいを感じる実習などによって心身が微妙に、そして精緻に何かを感じていることを学びます。この感じがフェルトセンスです。

3.表現する実習:感じたことや感じていることをジェスチャー、描画、メロディ、声やオノマトペ、言葉などによって表現することを学びます。その際に、フェルトセンスにぴったりした表現かどうかを確かめながら、よりぴったりとしたものにしていきます。フェルトセンスをあらわす表現のことをハンドルと呼びます。

4.傾聴の実習:ペアになり、話し手(フォーカサー)と聴き手(リスナー)の役割を決めて、傾聴の実習を行います。話し手が語ることや時間はあらかじめ決めておきます。話し手が気をつけるのは、フェルトセンスを感じながらゆっくりと深く自分について語ることです。事柄だけでなく、そこから感じる心身の実感(フェルトセンス)を正確に表現します(自分の胸の前に両手をかざして、大切なハンドルを伝えるときには両手でそれを手渡すようなジェスチャーをしてみるとよいでしょう)。聴き手はそのハンドルとそれにこめられたフェルトセンスをゆっくりと深く受けとめ、ハンドルを心をこめて伝え返します(聴き手も両手でそのハンドルを受けとめ、手渡すジェスチャーをしてみるとよいかもしれません)。

話し手は聴き手の応答が自分にとってぴったりとしているかを確かめながら、ハンドルをもっと正確に返してもらいたいときや、もっとゆっくりと伝え返してもらいたいときなどは、それを聴き手に伝えます。聴き手はどのように伝え返せばよいかを話し手に教えてもらいながら、よりよい応答や声かけを行っていきます(これはフォーカサー・アズ・ティーチャー「話し手が導き手」というフォーカシングの重要な原則です)。

5.プラスアルファ(これはインタラクティブフォーカシングの「二重の共感」という方法です)聴き手は話し手に、その人の身になって自分の心身が何をどのように感じているかを簡潔に伝えます。話し手は、聴き手から伝えられたことを自分の中で感じてみて、その感じを言葉にして聴き手に簡潔に伝えましょう。

6.役割を交替して、1~5を行います:最後に、お互いをねぎらって感謝を伝え合って終わります。

どうでしょう。養成講座でのトレーニングや通常の傾聴訓練などともちろん共通するところもあれば、ちょっと違ったユニークなところもあるかと思います。

こうした傾聴ラボでトレーニングを受けた学生たちが、産業カウンセラーの実技試験を受験するとどのような評価を受けることになるのか、内心少々楽しみにしています。もちろんこうしたトレーニングを大学で学生にだけ提供しようと考えているわけではありません。東京支部の会員研修講座「フォーカシング」では皆さんにこうした実習を通して深い傾聴を学んでいただこうと考えています。

次回のテーマは、「深く考える~『プロセスモデル―暗在性の哲学』の世界~」4月上旬にアップの予定です。

末武康弘先生の講座のご案内
フォーカシング
~フェルトセンス(心身の実感)へのフォーカシングを自己理解やカウンセリング実践に活かす~
Theory and method of focusing and its application to daily life and counseling practice

【開催日時】※全2回
2023年05月03日(水)  10:00~16:00
2023年05月04日(木)  10:00~16:00

【開催場所】代々木教室

お申込みはこちら↓
https://www.counselor-tokyo.jp/course/20230503b-001

 

 

末武 康弘

法政大学現代福祉学部臨床心理学科・大学院人間社会研究科教授。博士(学術)。臨床心理士・公認心理師。著書に『フォーカシングの原点と臨床的展開』(共著 岩崎学術出版社 2009)『ジェンドリン哲学入門』(共編著 コスモス・ライブラリー 2009)『「主観性を科学化する質的研究法入門』(共編著 金子書房 2016)『心理学的支援法』(誠信書房2018)ほか。訳書に『ロジャーズ主要著作集1-3』(共訳 岩崎学術出版社 2005)
ジェンドリン『プロセスモデル』(共訳 みすず書房 2023) ほか。

 

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