産業カウンセラーの知見を生かす ~家事調停委員として、ADRセンター長として~ 連載①

2023年9月4日

家事調停、ADRは産業カウンセラーに適した活躍の場

産業カウンセラー資格取得後の活動の場として、家庭裁判所の家事調停委員をされている方がいらっしゃるのをご存知ですか? 今回は、家庭裁判所の家事調停委員・当協会のADRセンター長として活躍する岡村博人さんに、家事調停委員になられた経緯ややりがいなど、またADRセンターのご案内を含め、2回にわたりお話を伺いました。

 

定年後のやりがいを求めて家事調停委員に

―― 経歴や職歴を教えてください。

大学を卒業するまで九州におりました。大学卒業後は国内の石油会社に就職し、60歳の定年退職まで同じ会社に勤務しました。業務は原油の供給、物流、石油製品販売、製造部門の製油所勤務、海外での産油国との契約交渉、海外現法での潤滑油製造・販売、人事部門(教育・採用・評価・福祉政策)と多岐にわたり、その間、転勤は11 回、うち海外は3カ所に計12年間と変化に富んだ生活でした。

―― 産業カウンセラーの資格を取られたきっかけを教えてください。

会社で人事部門のマネジメントをしていたころ、人事部員の能力開発の選択肢の一つに「産業カウンセラー」がありました。当時は仕事が忙しく受講するのは時間的に難しかったのですが、養成講座を受講している社員の話を聞くと、「大変そうだけど、おもしろそうだな」と思っていたこともあり、退職後に養成講座を受講し始めました。ほぼ同時に裁判所の家事調停委員になりました。61歳の時です。

―― どのような経緯で家事調停委員になられたのか教えてください。

会社のOBで全国各地の調停委員として活躍されている方が多いこと、退職後のセカンドライフとしてやりがいのある最適な仕事であることを、退職前から認識しておりました。実際に会社のOBから「試験を受けてみたら」と勧められたのがきっかけです。調停委員には、家事(家庭裁判所)と民事(簡易裁判所)がありますが、家事調停委員を希望したのは、事件数の多さ、複雑で奥行きが深そうに思えたからです。

―― 家事調停委員としての役割や責任について教えてください。

家庭での夫婦不仲、家庭内暴力、生活費の不払い、別居・離婚を契機に離れて暮らす親が子供との交流ができないなどの問題を抱え、当事者同士で、直接話し合いができずに悩んでおられる方は多くおられます。そういう方にとって、裁判所の調停は問題解決ができる頼みの綱でもあります。わらをもつかむ思いで裁判所の門を叩いて来られる方の期待に応えるべく、責任は重大と考えています。

 

養成講座で学んだ「傾聴」で当事者の信頼を得る

―― 産業カウンセラーの資格を持つことで、メリットはありますか。

調停も当事者の話に耳を傾ける「傾聴」が基本です。安心してお話していただけるための信頼関係の構築も大事です。こうした基本は産業カウンセラーと共通しており、養成講座での面接の体験学習が調停にも生かされています。特に産業カウンセラーは、人に寄り添い当事者の抱える問題を親身になって考えようとする素養のある方が多いとも思いますので、資格取得のメリットは十分あります。

―― 養成講座受講後、調停でのご自身の変化を何か感じられましたか。

養成講座受講中は、厳しい指導者に鍛えられまして、「あなた、問題解決の方ばかり見ているでしょう。そうじゃなくてちゃんと話を聴きなさい」というような感じで指導を受けました。
「確かにそうだ」と自覚をし、ここできちんと「傾聴」を基本としたトレーニングを受ける方が、調停にとっても役に立つことを自覚しました。

養成講座を受ける前と後では全然違います。人の話を聴く姿勢が変わりました。養成講座を受講してよかったと思っています。

調停の場で心がけていることは「当事者が話しているときは絶対に遮らないこと」です。
相手が話しているときは、全部話を聴き入れる、絶対に途中で相手の話を取り上げない、それだけは日常的に心がけていますが、なかなか難しく、自分の癖が出てしまうことがあります。当事者の話をある程度聴いたら、話の途中で「そうであれば解決はこの方向か」と考え始めて、話の受け止めが中途半端になってしまうのです。ですから「しっかり話を聴くことに集中しないといけない」と反省しながら行っています。傾聴は奥が深く、終わりがないですね。

―― カウンセリングと調停の違いや共通点があれば教えてください。

共通点は「傾聴」です。違いは、調停は解決すべきことは明確で、その解決に向けての話し合いや方向性を示しますので、カウンセリングとは進め方が異なります。しかし、最終的にはどうするか決めるのは当事者です。当事者の自覚を促し、自ら結論にたどり着くように支援するといった点は共通する点だと思います。

―― 調停において、当事者との信頼関係の構築はどのようにされていますか。

当事者に「この人は自分の話を聴いてくれる」と感じてもらうことです。話しやすい雰囲気づくりや、自分の癖を認識しておくことも必要ですし、カウンセリングとの共通部分は多くあると思います。受容・共感の技法は大事なポイントです。

ただ、調停はいつまでも話を聴いていればいいというわけにもいかないので、ある段階で解決に向けた方向性を示します。その切り替えというのが非常に大事だと思います。

それまでに当事者との信頼関係を構築して「この人が言うのだったら聴いてあげよう」と、ごく自然に、こちらの話を聴いてくれるような雰囲気でないと難しいです。信頼関係の構築は非常に大事です。

…次回は「調停委員とADRの違い」「調停委員やADRの相談員になるには」「ADRの調停について」のお話を中心にお伝えします。

◆ADRについての詳細はこちらをご覧ください。
https://www.counselor.or.jp/adr/tabid/168/Default.aspx

 

岡村 博人(おかむら・ひろと)

ADRセンター長・東京家庭裁判所家事調停委員・産業カウンセラー
1950年熊本県生まれ。九州大学経済学部卒業後、出光興産株式会社入社。
主に原油調達、タンカー手配といった供給部門の他、クウェート、シンガポール、アメリカにも通算12年勤務。最後は常務執行役員人事部長を経て退職後、産業カウンセラー資格を取得。
現在は家事調停委員、ADRセンター長として活動している。

取材/脇田直子・初鹿野愛子 文/脇田直子・初鹿野愛子 校正/末吉健一・古満美千子・河内泰子 写真/初鹿野愛子

 

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