産業カウンセラーの知見を生かす ~家事調停委員として、ADRセンター長として~ 連載②

2023年10月2日

家事調停委員、ADRの調停員になるには?

 

産業カウンセラー資格取得後の活動の場として、家庭裁判所の家事調停委員をされている方がいらっしゃるのをご存知ですか? 今回は、家庭裁判所の家事調停委員・当協会のADRセンター長として活躍する岡村博人さんに、家事調停委員になられた経緯ややりがいなど、またADRセンターのご案内を含め、2回にわたりお話を伺いました。
「産業カウンセラーの知見を生かす ~家事調停委員として、ADRセンター長として~ 連載①」も合わせてお読みください。

 

―― 家庭裁判所の家事調停委員になるにはどうすればよいのですか。

家事調停委員になるには、家庭裁判所の採用試験(年2回)に合格し,採用される必要があります。
資格は要求されません。40歳以上70歳未満(※1)であれば誰でも応募できます。書類選考、面接(含む集団面接)があります。応募者は多く、結構な難関と聞いています。
主に会社を定年退職された方や子育てが一段落した主婦の方などが、セカンドライフの選択肢の一つとして挑戦されています。
家事調停委員は、やりがいのある仕事で、充実感は得られると思いますが、調停実務の自己研さんも必要なので、結構大変です。報酬は期待するほどではありませんので、ボランティアの志のある方、社会貢献的なマインドのある方でないと難しいかもしれません。

現在、産業カウンセラー資格を持った多くの方々が家事調停委員として活躍されています。傾聴力が高い産業カウンセラーの実力が生かせる分野の一つです。

(※1)参考:裁判所のホームページ
https://www.courts.go.jp/saiban/zinbutu/tyoteiin/index.html

―― 家事調停委員としての一番のやりがいは何ですか。

調停の過程では、当事者がお互いに相手を批判し、双方主張の隔たりもありますので、とても合意は難しそうだと思えることがあります。ところが、ある日突然、一方の当事者の考えが急に柔軟になり、合意に至るケースがあります。当事者本人がじっくり考えるという熟成の期間を、家事調停委員はちゃんと見守ってあげる役割もあると感じています。合意後に当事者双方とも晴れやかな表情になり、今までのいがみ合いが、うそのようにすっきりした表情を見た時、やりがいを感じます。

―― 裁判所の調停と当協会のADRセンターの違いはありますか。

両方とも話し合いで紛争解決を目指すという基本部分は同じですが、裁判所という公的な機関か民間の機関であるかで、手続きや進め方など、国民全般の認知度が大きく違っています。
裁判所の調停は、費用も安価で裁判官も調停に関与しますし、合意事項は法的な強制執行力を有します。
しかし、期日は平日の10時~17時にしか入らず、決着までに調停回数を重ねることも多く、時間がかかるケースが多く見られます。

一方、民間のADRを選択される方の多くは、時間の融通性やできるだけ短期の解決を求めておられます。
ADRの費用は多少かかっても弁護士費用に比べれば安く済みますし、公的機関でなく民間の機関で話し合って決めることができるといった点も評価されておられるようです。また、当協会は当事者双方が同席する同席調停を通じた「対話促進型ADR」を基本としていますので、裁判所の当事者双方から別々に事情聴取を行う別席調停とは違いがあります。

―― ADRセンター長になられた経緯を教えてください。

産業カウンセラー資格取得後は、学んだことが家事調停の傾聴に十分役立っており産業カウンセラー協会内で何かをしようという考えはありませんでした。
産業カウンセラー協会の仕事に携わることになったきっかけは、調停委員で同期入庁した東京支部幹部の方から東京支部の監事をしてほしいというお誘いがあり、お引き受けしたことです。その2年後に副支部長になり、副支部長はADRセンター長を兼務しますので、自動的にADRセンター長 (1回目)になりました。その3年後、再度センター長(2回目)就任のお話があり、お引き受けしました。昨年、協会本部からもADRセンター長就任のお話があり、お引き受けして東京支部のADRセンター長と兼務しております。お願いされたら断れない性格もあるかなと思います。

―― ADRセンターでは、弁護士の同席はお勧めしないそうですが、その理由は何ですか。

弁護士の同席は可能ですが、当協会のADRは、当事者同士が話し合って問題解決の方策を探るのが基本です。
弁護士は法律のプロであるとともに当事者の代弁者として、相手と争うためのノウハウやテクニックを持っています。弁護士介在で話し合いが円滑に進むケースもあるとは思いますが、同席調停で当事者双方が話し合いをするという協会の基本的な進め方にはなじまないと考えており、弁護士の同席はあまりお勧めしていません。
弁護士を介し、主張を戦わせるというのであれば、家庭裁判所の家事調停の方が良いと思います。

 

―― ADRセンターの調停者になる方法を教えてください。

当協会のADRには「個別労働関係紛争」「男女間の関係の維持調整に関する紛争」(※2)の2つの分野があります。
「個別労働関係紛争」については、法律の規定により、特定社会保険労務士資格が必須です。
「男女間の関係の維持調整に関する紛争」については、その分野での紛争解決能力があることが要求されます。そのための具体的な資格はなく、家事調停委員の経験があることを要件にしています。
いずれも産業カウンセラーの資格は必須です。

ADR調停者になるには、各地のADRセンターに連絡し、枠が空いていれば、まずは候補者として登録していただきます。実際に調停者として事件に参画できるかどうかは、当該ADRセンターの所属調停者数、取り扱い事件数などで決まります。

(※2)参考
個別労働関係紛争:解雇、労働条件の引き下げ、退職勧奨など
男女間の関係の維持調整に関する紛争:離婚、夫婦関係、不貞行為など
https://www.counselor.or.jp/adr/tabid/175/Default.aspx

―― 東京支部のADRセンターに相談したい場合の手順を教えてください。

東京支部のADRの専用電話にかけて、電話に出た職員に「ADRセンターに相談したい」と伝えてください。その後ADR事務局が折り返し電話をおかけします。そこで、今抱えておられる問題の概要をお話しいただき、どのような解決を望んでおられるかを伺います。
そのうえで、お話いただいた内容が当協会のADRの取り扱う範囲内にあるのか判断し、調停に至るまでの流れや、当協会のADR以外での一般的な解決方法や相違点を説明します。

具体的に調停を申し立てるかどうか検討したいということであれば、次のステップとして面談による無料相談を設定し、費用や調停の進め方なども説明いたします。「個別労働関係紛争」か「男女間の関係の維持調整に関する紛争」か、その内容に応じ、ADR調停者が2名で約1時間説明を行います。
その際に申立書をお渡しします。申し立てをされる方は申し立ての趣旨などを具体的に記載し、ADRセンター宛に郵送していただきます。申立書が届いたら、ADRセンターは、当協会のADRの取り扱い範疇にあるのかどうかなどを吟味し、問題無ければ申し立てを受理し、申立書の写しを相手方に送付します。

それを受領した相手方が出席の意思表示をすれば、正式に調停手続きが開始されます。その後、調停の日程調整後、双方が出席すれば調停が開始されます。もし、相手方が調停参加の意思表示をしなければ、手続き自体が終了します。相手方の出席が大きな関門でもあります。

当協会のADRセンターは東京支部の他に、本部、中部支部、関西支部にもあります。一般的な質問や問い合わせでも結構ですので、何でもお気軽に電話していただきたいと思います。(※3)

(※3)参考:東京支部ADRセンターのご案内
https://www.counselor-tokyo.jp/problem-solving_adr
東京支部以外のADRセンターのご案内
https://www.counselor.or.jp/adr/tabid/174/Default.aspx

―― 産業カウンセラー協会としてADRという紛争解決手段を保有している意義について教えてください。

カウンセリングだけでは解決できない問題について、当事者双方を含めた話し合いでの解決手段を保有していることで、競合他団体とは違った幅広い社会貢献を行っているところに意義があると思います。
民間のADR調停機関になるには法務省の認証が必要です。全国で168団体が認証を受けていますが、当協会は2008年に19番目と、早い時期に認証を受けています。(※4)
厚生労働省からは、「個別労働関係紛争」の民間の紛争解決手続き業務を行う団体として48団体のうち3番目に指定を受けています(※5)。うち47団体は各都道府県の社会保険労務士会で、当協会のような社労士専業でない単独の事業者は異色な存在です。

(※4)参考:法務省 かいけつサポートサイト
https://www.moj.go.jp/KANBOU/ADR/index.html
(※5)参考:厚生労働大臣が指定する団体一覧
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roumushi/shahoroumu02/index.html

―― 最後に、協会員やこのブログの読者にひと言お願いします。

ADRはまだ日本全体としても認知度が低く、PRが必要です。カウンセリングで相談に来られる方のお話を聴いていても、あるいは友人間での相談の中でも、相手方と話し合いをしないと解決しないケースが多くあると思います。そうした場合、「協会のADRセンターに電話してみたら」とお声をかけていただければと思います。ADRについては産業カウンセラー協会本部のWebサイトでもご覧いただけます。

また、産業カウンセラー協会員向けの会報誌「JAICO産業カウンセリング7-8月号(2023.No407)」のP34~P36にもADRに関する情報が掲載されておりますのでぜひご覧ください。

~取材を終えて~

産業カウンセラーの資格取得後の活動の一つに、家庭裁判所の家事調停委員としての道があること、当協会のADRセンターの調停者を目指すこともできることを皆さまに知っていただきたいと思い、岡村博人さんにお話を伺いました。これらの活動は産業カウンセラー養成講座で学ぶ「傾聴」のスキルが生かせること、社会貢献のマインドがある方にとってやりがいのある仕事であることがよく分かりました。産業カウンセラーの皆さまにとって今後の活動の一助になれば幸いです。

 

岡村 博人(おかむら・ひろと)

ADRセンター長・東京家庭裁判所家事調停委員・産業カウンセラー
1950年熊本県生まれ。九州大学経済学部卒業後、出光興産株式会社入社。
主に原油調達、タンカー手配といった供給部門の他、クウェート、シンガポール、アメリカにも通算12年勤務。最後は常務執行役員人事部長を経て退職後、産業カウンセラー資格を取得。
現在は家事調停委員、ADRセンター長として活動している。

取材/脇田直子・初鹿野愛子 文/脇田直子・初鹿野愛子 校正/末吉健一・古満美千子・河内泰子 写真/初鹿野愛子

 

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