事例で学ぶ発達障害の法律トラブル③「合理的配慮は解雇の場面でどのように影響するのか?」

2020年9月9日

日本産業カウンセラー協会東京支部では、会員や産業現場で働く人の心の支援に携わる方々に向け、学びと実務に役立つ情報をブログで発信しております。
このたび、支部報『いまここTokyo』で 掲載しておりました、弁護士・鳥飼康二先生の連載(全4回)を、第3回より本ブログでご紹介することと致しました。ぜひご一読ください。
第1回・2回は東京支部Webサイト会員ページ内のバックナンバーにて、ご覧いただけます

【事例】
Xさんは、30歳のときにASDと診断を受けました。
昨年、Y大学に准教授として採用され、採用後に、ASDであることを大学側へ告げました。その後、Xさんは、①生協職員とトラブルになった際に激昂して生協職員を土下座させたり、②ささいな規則違反をした学生と口論になって110番通報したり、③大学病院で受診中に情緒不安定になって、果物ナイフで自ら手首を切り銃刀法違反で現行犯逮捕されたりしました。このような経緯があったため、大学側は、Xさんを教員としてふさわしくないとして解雇しました。

【解説】
(1)解雇の一般原則
読者の皆さんはご存知かと思いますが、事業主側の一存で従業員を解雇することはできません。解雇が法律上許容されるためには、客観的に合理的な理由と社会通念上相当である事情が必要です(労働契約法16条)。例えば、従業員が遅刻やパワハラなどの問題行動を起こした場合であっても、直ちに解雇が許容されるのではなく、適切な注意や指導がされたにもかかわらず改善しない場合に解雇が許容されることになります。これが巷で「正社員を解雇するハードルは高い」と言われるゆえんです。

(2)合理的配慮と解雇の関係
事業主側は、発達障害の従業員に対して合理的配慮の提供義務を負います(障害者雇用促進法36条の3)。そのため、発達障害の従業員がその特性に起因してトラブルを起こして解雇を検討する場合、単なる注意・指導ではなく、合理的配慮を踏まえた注意・指導が必要となります。そして、合理的配慮を踏まえた注意・指導がされたにもかかわらず改善しない場合にのみ解雇が許容されることになります。比喩的に言えば、「発達障害の従業員を解雇するハードルはさらに高くなる」ことになります。

(3)事例の検討
発達障害でない人が事例と同じ言動をした場合、おそらく解雇は有効と判断されるでしょう。一方、事例の参考とした裁判例(京都地裁平成28年3月29日)は、解雇を無効と判断しました。
まず、裁判所は、本人のASD特性(ルールを厳格に守ることを極めて高い水準で他者にも要求する、これが守られない場合には自己に対する攻撃であると被害的に受け止め、その感情をコントロールできず、反撃的な言動をとる)について、本人が的確な指摘を受けない限り問題意識が理解できない可能性が高かったので、本人の非難可能性や改善可能性を検討する際は、本人に問題意識を認識し得る機会が与えられていたかという点も十分に斟酌しなければならない、と指摘しました。

そして、裁判所は、①問題行動(土下座、警察沙汰)について、大学側は本人に対して問題行動を認識させ改善する機会を与えていなかった、②自殺未遂について、ASDの二次障害(うつ状態)に起因しており、自己の行為を適切に選択すること自体がそもそも困難であったことからすれば、直ちに本人を非難して不利益を課することは酷である、と判断しました。

また、合理的配慮は、事業主に対して「過重な負担」となる場合には免除されますが(障害者雇用促進法36条の3)、裁判所は、大学側には主治医に問い合わせたりジョブコーチ等の支援を検討したりした形跡がないから「過重な負担」と評価できない、と判断しました。
そして、当初、大学側にASDであることを告げなかったとしても、経歴や能力を評価して採用した以上は、ASDに起因して一定の配慮が必要となったとしても、大学側がある程度は甘受すべき、とも判断しました。

合理的配慮を正面から扱った裁判例は少ないため、同じような事件(裁判)が起きた場合、全く同じ判断がされる保証はありませんが、先例として参考にされるでしょう。

(4)産業カウンセラーの役目
この裁判例には、「産業カウンセラーとしてどのような関わりができるか」というヒントが含まれています。たとえば、本人と一緒に行動の意味を考えたり、事業主に対してジョブコーチなど支援策を紹介したり、という関わりが考えられます。
ちなみに、実際の判決文には、本人側の言い分、大学側の言い分がそれぞれ記載されており、裁判所の見解もとても丁寧に記載されていることから、勉強会の材料としてお薦めです(大学図書館などに置かれている『労働判例』という雑誌のNo.1146の65-84頁に掲載されています)。

<文>
弁護士・産業カウンセラー
鳥飼康二

 

 

 

 

<著書紹介>
『事例で学ぶ発達障害の法律トラブルQ&A』(ぶどう社)
職場や日常生活のトラブルについて、事例を用いて分かりやすく解説しています!

人気記事ランキング

TOPへ戻る