来談者中心療法やフォーカシングを活かしている産業カウンセラーにとって、ジェンドリンのプロセスモデルを学ぶことが、実践の場で深く考える手がかりになると注目されています。 フォーカシングの創始者であるジェンドリンと40年近く交流・研究され、理論や哲学を臨床現場で実践されている末武康弘先生に、2回にわたりご執筆をいただきます。連載①「深く傾聴する~縦横無尽にフォーカシングを活用する~」も合わせてお読みください。 |
『プロセスモデル』日本語訳の刊行
今年(2023年)の2月にジェンドリンの哲学的主著『プロセスモデル―暗在性の哲学』を共訳で刊行しました。翻訳や推敲に20年近くを費やして、ようやく出版にこぎ着けました。まさに「ようやく」という思いと、「まさかこんな重要な仕事が自分の人生で達成できるとは」という気持ちが交錯しています。
実は、日本産業カウンセラー協会の養成講座テキスト『産業カウンセリング』(改訂第6版、2012年)には、第4章2節「来談者中心療法と人間性心理学」のコラム(94頁)として「ジェンドリンのプロセスモデル(A Process Model)」が載っていました。当時、プロセスモデルに関する内容を紹介したカウンセリングのテキストは皆無だったと思います。この章を執筆した私は、来談者中心療法やフォーカシングの哲学的な最前線にこのプロセスモデルがあることを読者に知っていただきたかったことや、このテキストが養成講座で使用されている間に訳本を出版したいという思いもあって、このコラムを掲載しました。しかし、プロセスモデルの翻訳や推敲にはその後も長い時間を要することになり、結局、テキスト改訂第6版が養成講座で用いられている間に訳本を上梓することはかなわず、改訂第7版(2017年)では編集委員会の判断でこのコラムも削除されました。
(画像は『産業カウンセリング』改訂第7版)
こうした経緯があったため、『プロセスモデル』の日本語訳を刊行できて胸をなで下ろしています。また、来談者中心療法やフォーカシングを実践のなかで活かしておられる産業カウンセラーの皆さんには、プロセスモデルのことを広く知っていただきたいと思っています。なお、現在編集中の『産業カウンセリング』(改訂第8版)では「発展学習のガイド」という囲み記事に、プロセスモデルについての紹介を復活させる予定です(最終的には編集委員会の判断になります)。
『プロセスモデル』のエッセンス
『産業カウンセリング』(改訂第6版)のプロセスモデルについてのコラムを読み返してみると、この難解な哲学書のポイントがなかなかうまく紹介されていると思いますので、それに加筆修正しながら、そのエッセンスをまとめてみます。
来談者中心療法やフォーカシングの発展を考える上で注目されるのが、ジェンドリンのプロセスモデルである(Gendlin, 1997/2018村里・末武・得丸訳2023)。このモデルは、身体、生命、時空間、進化、行動、シンボル、言語、文化、普遍性といった問題を独自の視点から解明しようとする哲学で、人間や世界の理解に新たな認識を開く可能性を提示している。難解なその内容の要点を垣間見ると、このモデルでは私たちの身体の構造や機能はほとんど同じであるがまったく同じではない無数のプロセスの連続から成り立っている(“リーフィングleafing”)と考える。指紋や声質などを例にとれば明らかであるが、まったく重なり合う構造も機能も世界には存在しない。生命体は、環境との相互作用の中で、そして絶えざる変化の中で複雑かつ精緻に生きている。生命体は生きているプロセスの中で、自分の身体が混乱するのではなく、推進(“carrying forward”)していく方向を暗在的に感知している(“インプライングimplying”)。それは精緻な、進行していく秩序によって支えられていて、身体活動も精神活動もそしてセラピーも、こうした推進の方向性に沿う(“インプライングへの生起occurring into implying”)ことでその人にとって真に意味あるものになる(“モナドmonad”)。
文献:Gendlin, E .T. 1997/2018 (ジェンドリン,E.T.村里忠之・末武康弘・得丸智子訳 2023 『プロセスモデル―暗在性の哲学』 みすず書房)
深く考えるために
プロセスモデルでは、すでに存在している既知の概念や、世界を構成している(と認識されている)単位や時空間によって考えるのではなく、身体と環境が相互作用する基本的なあり方とその発展が、独自の用語(リーフィング、インプライング、等々)で新たに構築されています。なので、この著作に初めて接する読者は、新用語のオンパレードに圧倒されてしまい、スムースに読み進めることが難しいと感じられるようです。
しかしこの作品は、著者のジェンドリンが自身の身体の奥底から生命体や人間について思考したプロセスおよびその成果の実例だと言えるでしょう。そしてジェンドリンが強調するのは、誰もがそのように深く考える可能性に開かれているということです。2011年にジェンドリンと最後に会った時に、彼は「より良く生きるためには情動にからめ取られるのではなく、フェルトセンスに開かれることが重要だ」と語っていました。
そのために彼が生み出した方法がフォーカシングです。東京支部の会員研修講座「フォーカシング」では、このプロセスモデルについても触れながら、自分と世界についてより深く考えることの意味を皆さんと共有したいと思います。
◆末武康弘先生の講座のご案内 フォーカシング ~フェルトセンス(心身の実感)へのフォーカシングを自己理解やカウンセリング実践に活かす~ Theory and method of focusing and its application to daily life and counseling practice.◆集合講座 【開催場所】代々木教室 【開催日時】※全2回 2023年05月03日(水) 10:00~16:00 2023年05月04日(木) 10:00~16:00 https://www.counselor-tokyo.jp/course/20230503b-001◆オンライン講座 【開催場所】オンライン(Zoom) 【開催日時】※全2回 2023年10月28日(土) 13:00~17:00 2023年10月29日(日) 13:00~17:00 https://www.counselor-tokyo.jp/course/20231028a-006 |
神奈川支部では、会員研修講座「来談者中心療法とフォーカシング指向療法の最先端を学ぶ~ジェンドリンの『プロセスモデル―暗在性の哲学』の世界~」を開講予定です。
|
末武 康弘
法政大学現代福祉学部臨床心理学科・大学院人間社会研究科教授。博士(学術)。臨床心理士・公認心理師。著書に『フォーカシングの原点と臨床的展開』(共著 岩崎学術出版社 2009)『ジェンドリン哲学入門』(共編著 コスモス・ライブラリー 2009)『「主観性を科学化する質的研究法入門』(共編著 金子書房 2016)『心理学的支援法』(誠信書房2018)ほか。訳書に『ロジャーズ主要著作集1-3』(共訳 岩崎学術出版社 2005) |